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武蔵警察署 地域課 坂崎

母親は、左衛門小屋にこだわった。理由は思い当たる。

家族の希望で捜索三日目金曜日(事実上の打ち切り)、家族が目撃者に会いに行った時だ。遭難者が行き合ったかもしれない、武蔵山脈管理の委託業者と直接話したい、と家族が希望したのだ。

ちょうど、最後の捜索になるかもしれないと思ったのか、県外に住む遭難者の兄二人が、金曜日というのに休みを取って来ていた。

捜索終了、翌日の、家族からの山岳捜索隊の個人要請が決まった後、その家族四人を連れて、竹谷温泉の入り口近くにある、委託業者の管理事務所を訪ねた。遭難当日、追分で作業していたのは三人だったが、その日事務所にいたのは一番年配の筑紫だけだった。

電話であらかじめ、家族と話してもらえるか、了解を得ている。警察からもすでに聞かれていることだが、筑紫は愛想よく坂崎と家族を迎えた。

作業場に座っている筑紫に、家族は「岬です」と挨拶をした。筑紫は座ったまま、四人のうちのひとりを指差した。

「兄弟?」

「兄です」

「やっぱりな、よく似てる」

筑紫が指差したのは、どうも長男の方だ。この長男は確かに遭難者の写真によく似ている。坂崎が、その日できたばかりの遭難者の写真入りのビラを見せた。

「ほう。良いの作ったね。これ、配ってんの?」

「今日から配ってます」

筑紫はポスターは初めて見たようだった。それから、警察に話したように、立ち入り禁止のところにいったん入って戻ってきたこと。

十一時くらいに食事を摂り、その時

「杜都市から来た」「鬼塚に戻りたい」

と言ったこと。筑紫は竹谷温泉方向から帰った方が良い、とアドバイスはしたが、その後遭難者がどの方向に向かったかまでは、わからないという。

「左衛門小屋は、捜したの?」

「左衛門小屋?」

左衛門小屋はきつね温泉跡の先にある。

もし、遭難者がその近くにいれば、竹谷温泉ではなく、立ち入り禁止区域に入ったことになる。