だから、毘紐天で待っていると言っていたのか。

「さっき、夫と舗装された山道を歩いてみました」

「行ってみたんですか?」

「えぇ、本来息子が帰ってくるはずの道だったんですよね」

坂崎はうなずきながら、言葉もなかった。そして当初の目的地、竹谷温泉に十三時くらいに到着しそうだから、連絡があったら電話をする、と話した。

一行は、予定より少し遅れて十三時半に到着した。初めての登山で、二人の兄はかなりつかれているようだった。そこから車で鬼塚に戻り、あとの二隊を待ったが、すでに何も成果がないことは連絡が入っていた。

やっと終わるのか。そう思った、全員が戻った時だった。

母親が急に、また、

「どうしても左衛門小屋を見てほしいのです」

と言いだした。

そして、

「いいですよ。行きますよ」

と、また溝原朗子が言った。そう言われると、他のメンバーも心が動く。

さらに、

「まだ行ってないところもあるし」

と言いだす始末。そして翌日、捜索五日目、日曜日に鬼塚で七時集合となった。

※本記事は、2020年12月刊行の書籍『駒草 ―コマクサ―』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。