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武蔵警察署 地域課 坂崎

坂崎が署にもどると、また遭難のニュースが飛び込んできた。

県警のヘリが飛べる状態にあったので、すぐに飛ばして崖の途中で木に引っかかっている男性の救助に向かった。さらにその最中、電話が来た。

「岬です。相談があって……」

「すみません。今、手が離せなくて。武蔵警察署に話しておいてくれますか?」

坂崎は話をまともに聞くこともなく、新しい遭難者の救助にあたった。幸い、すぐにみつかったため、怪我もなく無事にヘリコプターで救うことができた。遭難でも、こんなふうに助けられたら一番いいのだが。

「坂崎さん。ドローンを使いたいって、岬さんから電話来てました」

ドローン?

「なんでも遭難者の会社の人の紹介で、今回に限り無料で協力したい、という業者から連絡があったそうで。一応ヘリコプターと一緒に飛ばせないこと。ドローンの資格を持った業者である確認はとりました」

両親は焦っているのだろう。反対する理由もない。坂崎は、確認として一応同じ話を聞くために、岬の家族に電話をした。

沢井一道さわいかずみちは気にかけている

沢井一道は東北に出張すると、たいてい実家の杜都市柚葉区に泊まる。

東京で起業して二十年以上になるが、この習慣は長い間変わっていない。八十七歳の父・幸三は重度の認知症で、八十五歳の母・冬子が老々介護をしているが、それでも幸三は一道を忘れることがない以上、姉・明純が言うほど悪くなっているとは思えない。

昨年七月三十日、自転車で毎日一人で散策していた父が帰らなかった。翌三十一日、十四時間後に奇跡の生還を果たした時も、心配はしたが、やはりまだ大丈夫と思った。

それに、杜都市に姉・明純が住んでいるし、ここ三年は看護師をしている甥のサクラ(姉の三男)が、時々来てくれて、父・幸三を外出に連れ出したり、散歩に行ってくれたり、母・冬子の相談にも乗ってくれるので、姉だけの負担ではなくなったことが、かえって気持ちを楽にしていた。

その甥のサクラが、突然登山に行って帰らない、と聞いたのは六月末だった。帰らなかった翌日水曜日から捜索が始まったが、母・冬子の話だと一向にみつからない、という。

捜索二日目、木曜日。本来は父・幸三と姉・明純、甥のサクラが運転して外出する約束の日だった。夕方、明純から電話をもらった冬子は、明純夫婦に家に寄るように言ったそうだ。

おそらく、ほとんど食べていないのではないか、との心配があった。明純とその夫・良典は沢井の家に寄り、夕食の支度をしていた冬子が台所に入った。ほどなく、いつものように、明純が手伝いに入る。