「それから数分経ってからや。もう授業参観もあと五分くらいで終わるって頃。教室の後ろの扉がガラガラーて強めに開いて。パッと俺、振り向いたら、肩で息を切らせてゼエゼエ言うてる漆黒のウインドブレーカー着てるオカンが立っててん」

「マジか!?」

「教室内、ザワザワなるやん? ツレのお母さん、上品なカーディガン着たり、高そうなジャケット着たり、高級なネックレスやイヤリングつけたりさ。そんな中、俺のオカンだけ、漆黒のウインドブレーカーやで? もはや、ビジュアル、小汚いオッサンやったからな」

「ウインドブレーカーて!」とマコトは笑いを重ねる。

「ウインドが、ブレークしとるからね?」

「ほんで漆黒なんやろ?」

「もう、ウインドブレーカーが黒光りしとったわ。ウインドのブレーカーが黒光り」

僕も堪え切れなくなり、マコトと笑った。

「もう、その日から俺のあだ名、漆黒のウインドブレーカーになったもん」

「あだ名、長っ! ダサっ!」

「ほんま、オカンのこと、あんなに恨んだことないで」

「哀しいなぁ。ほんま、きよぴーも駿ちゃんのことを思ってのことやのになぁ?」

「そうそう、後から聞いたらさ。オカンが職場の園長からスーパーカブを借りて急いで来たんやて。バイク乗ってたら風が寒いからさ、ウインドブレーカー羽織って来たんやて」

「この話も、誰も悪くないなぁ。ほんま裏目裏目に出ただけやん? ボタンの掛け違いやで」

「でもさ、当時は俺も思春期やからさ、もう、オカンにクラスメイトの前で恥かかされたって腹立ってもうてるやん? やから家に帰ってからオカンにだいぶん怒ったで。その時はさ、オカンもめちゃ怒って喧嘩になったん」

「二人もそんな喧嘩することがあってんなぁ」

「今考えたら、ほんま俺は恵まれてたのにな。金は無かったけど、オカンには愛されてたからさ。もっともっと不憫な人間がこの世には山ほどおるのに。でも、あの頃はわからへんかった。自分が悲劇のヒロインみたいに不平ばっかり言うてたから」

ウインドブレーカー噺が終わった頃、僕らは商店街のアーケードを抜けた通りを歩いていた。駅からの物理的な距離に比例してどんどんシャッター街の景色が広がる。駅前商店街の賑わいが嘘のように静かになる。

おにぎり屋、内科、スポーツショップ、着物屋、モータープール、ペットショップ、全てがグレー色している。今となっては活気があった時代を想像することも困難なくらいに薄暗く、人も見当たらない。

唯一、営業している純喫茶ANをガラス越しに覗くと、数人の作業服の高齢者たちが書類片手に何やら打合せをしている。一人の作業服の爺さんが「あかんな。三菱製や! やっぱり高圧回路は三菱や! 安モンはあかん!」という業務なシャウトが店外に漏れて聞こえた。

僕とマコトは何気ない話をしながら歩く。僕は来週から始まる学年テストの話題を持ちかけた。勉強の話になると、マコトが露骨に嫌そうな表情をした。

右手にボロボロの連棟住宅が見えてくる。「いらっしゃいませ」と寂れた看板がかかっていて、店の名前は記されていない。表札もかかってはいない。建物壁面は夥しい数の空調室外機とダクトで覆われている。

これだけの空調設備があれば、夏本番を迎えてもキンキンに冷やせることができて、何分間だって何時間だって快適に過ごせるだろう。

漠然とそんな事を考えながら、近くを歩く厚化粧の女性達のことを気にも留めないで、僕とマコトは談笑しながら歩いた。仏壇仏具屋の奥に腰掛けた爺ちゃんが僕らを見ていた。どこか空っぽな眼をしていた。

※本記事は、2019年11月刊行の書籍『尼崎ストロベリー』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。