「手にもってる袋、何なん? さっきから、気になっててん」とオカンが言った。

「あ、これな。コロッケ」

「嘘!? まさかの? もしかして?」

「そうそう、三和商店街のおっちゃんの店の60円コロッケ」

「ありがとう! めっちゃ嬉しいわぁ。食べたかってん。ここのコロッケ」

「オカン、喜ぶやろう思って。学校の帰りに商店街寄って買ってきたんよ」

「食べよ食べよ。いただきます!」

オカンはスーパーの袋からコロッケを取り出して、幼い子どものようにそれを頰張った。

「うーん、美味しい。駿ちゃん、ほんま美味しいわ。やっぱ三和商店街のおっちゃんを超えるコロッケはこの世にないね」

「胃ないねんから、ちょっとずつ休憩しながら食べや。また、しんどなるで」

「大丈夫、大丈夫。それにしても、うーん、美味しい」

胃を全部摘出したら、何も食べられなくなるんじゃないかと心配していたのだけれども、神様が創った人間の体の機能は万能なのである。時間はかかるのだが食道や腸がある程度胃の代わりの役割をするようになって問題なく食べられるようになるらしい。

ただし食べ物をためるスペースがないので、一日三回の食事を五回から六回に分けて摂取し、ゆっくりと時間をかけて食事しなければならないとのこと。人間の肉体は本当に神秘に満ちている。

美味しそうにコロッケを頬張るオカンは大層幸せそうな顔をして笑った。たかがコロッケごときで、顔面の全てを使って幸福のようなものを可視化するオカン。60円が創り出したオカンのオリジナルスマイルが僕には至極眩しすぎて愛おしい気持ちになった。

「駿ちゃんも食べや」とオカンが言うから、「一つもらおか」と僕も60円の幸福を頬張る。

「うまっ!」

「美味しいやろ?」

「やっぱ違うよなぁ。60円のクオリティちゃうで、これ」

「このコロッケ、二人でよく食べたよなぁ。駿ちゃん、覚えてる?」

「もちろん覚えてるよ、当たり前やん」

「駿ちゃんが小学校の時かな」

「三和商店街に、二人でチャリンコこいで、よく買い物行ったもんな」

「買い物帰りに、駿ちゃん、絶対、あのコロッケ屋のおっちゃんの前で止まるねん。コロッケ食べたい、コロッケ食べたい、って駄々捏ねて」

「そんなん言うてたかなぁ」

「あの頃、オトンもおらへんし家計も大変やったから、60 円のコロッケ2つ買うんも大変やったんやで。やからコロッケ1つだけ買って、はんぶんこして食べたんよぉ」

「あん時、俺も子どもやったから。迷惑かけたな」

「いやいや、むっちゃ楽しかったよ。二人でコロッケ屋の前で、ハフハフ言いながら揚げたてのコロッケ食べるの。なんかあの時のあの感じ忘れられへんよなぁ。ほんまええ思い出や」

「あの時の、あの感じなぁ」

オカンと僕は相部屋の隅っこで、じゃがいもと合挽き肉とノスタルジアを噛みしめて味わった。

「駿ちゃん?」とオカンが僕を呼び、「何?」と僕が答える。

「退院したら、また一緒に自転車で商店街行こ。で、あのおっちゃんの店でコロッケ食べようや」

「おん。行こ行こ。約束やで、オカン。早く元気になるんやで」

医療用ベッドの上に座ったオカンは左手に食べかけのコロッケを持ち、「早く元気になるぞぉ」と言って右手で「エイエイオー」の所作をした。その反動でオカンのイチゴ鼻から鼻水が飛び出した。

僕は「ちょっと! 鼻水出てるからぁ」と言ってオカンにティッシュを渡した。オカンは「ありがと」と言って、そのティッシュで世界に一つだけの鼻を拭いた。

※本記事は、2019年11月刊行の書籍『尼崎ストロベリー』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。