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「本業は酒屋で、宅配便はバイトです。ところでさ」

ぼくはたまらず差し挟まずにはいられない。

「さっきからなんなの、どっち、どっちって?」

「だってあなた、ドッチ君だもん」

「何、ドッチ君て?」

すると瞳子さんは、ぼくの胸に付いている名札を指差した。これは配達者が何者であるのか知らせるために、運送会社から貸与されているものだ。

ぼくの名前は以前病室で宴会を開いた時に教えていたはずだが、漢字までは教えていない。完全なフルネームは、この名札から知られていたというわけだった。

そこにはこう書かれてある。曙省吾(あけぼのしょうご)。

これのどこがドッチ君なのだ?

「面白い名前よねえ。あなたは朝なの? 昼なの? どっち?」

不可解な質問だと思ったが、少し考えて、意味が分かった。ぼくの名前に、朝(アケボノ)と、昼(ショウゴ)が同居していると言いたいのだろう。だからって、ぼくは朝でも昼でもないから、こう答えるしかない。

「どっちでもないって」

「そうなの。まあ、そりゃそうよね。でもさあ、なんかあなたの顔見てると、ドッチ君て言いたくなっちゃうんだよねェ。いいでしょ、ドッチ君て呼んでも」

涼しくほほ笑んで、瞳子さんは決めてしまった。

少しばかり耳が痛かったのは、ぼくのはっきりしない性格というものを、彼女に見透かされている気がしたからだが、そんなことは余計なお世話だ。自分が朝か昼かなんて分かるわけもないし、もしかしたら夜かもしれないじゃないか。

勝手にしろと思い、ぼくは瞳子さんの部屋をあとにすることにした。本日はわけの分からないイタズラに翻弄されることなく、短い訪問で終了しそうである。そのことがちょっと物足りないとしたら、ぼくは何を期待しているというのか。

昨日みたいなドタバタコント? 別に振り回されたいわけではないが、振り回すことが仕事みたいな女だから、それをされないと肩透かしを食ったような気分になるのかもしれない。

別れ際に、「明日もここに来るの? どっち?」と訊かれた。

「どっちって言われたって、分からないって。明日また配達するものがあれば来るけど、なければ来ないよ」

当たり前のことである。しかしさすがに三日続けて宅配物があるとは考えられないから、明日はドッチ君などとヘンテコなあだ名で呼ばれることもないだろうとは思う。しかし閉ざされていくドアの隙間から、瞳子さんはぼくに囁いた。

「また明日ね、ドッチ君」

笑顔が涼しくて、その言葉が嘘だか本当だか見当も付かない。