作為的に車椅子の後輪を荒々しく回転させる。キュルキュルキュルキュルと、寿命をすり減らされるゴムタイヤの断末魔の叫びが厭わしくて僕は瞳を閉じる。一瞬だけ。

オカンを乗せた車椅子を押して僕は病室から飛び出す。手押しハンドルをグッと握る僕。掌に汗。病院内の廊下を駆け抜ける。速度を上げる。

「駿ちゃん! いけいけ~! もっとスピードあげてー!」

末期がん患者を収容する緩和ケア病棟の六階フロアをサーキットに見立てて、オカンはコール。アドレナリン分泌全開である当該コールに、僕は「了解ィィ!」とレスポンス。車椅子って思ってる以上にスピード出るんやな、と頭をよぎったけれども、そんなちっぽけな思考は加速したスピードが振り切る。

この加速したスピードで、オカンの肉体に巣食うがん細胞さえも振り切ることを希望。ギシギシ、ギシギシと軋むアルミ製ホイールの単調音の繰り返しが、小気味悪く響き渡って、どこか死神の笑い声に似ている気がした。僕は知らんふりをする。

前方にナースステーションを確認。「オカン、どうする? このまま突っ込んだら、絶対に看護師に怒られるで」と問うたら、食い気味に「もちろん、突破ぁ!」と叫ぶオカン。当該大号令に、僕は再び、「了解ィィ!」とレスポンス。

ナースステーションの受付前でスピード転回。ギシギシ軋むホイール。キャッキャ、キャッキャ、少女のように笑うオカン。常識ある普段の優秀な患者キャラから大いに逸脱し、本日は迷惑行為を乱発するヤンキー患者を演じるオカン。怪訝な顔をする看護師たち。

「渡部さん! 廊下でそんなスピード出したらあかんでしょ! 危ないから!」「すみませ〜ん!」とオカンと僕、てへぺろ。

「渡部さん! 今日は一体どうしたの? 何があったの? ちょっと! 渡部さん!」

親子そろって謝罪しておいて、舌の根の乾かぬうちに「駿ちゃん、進め、進めェェ‼」と僕に号令を出すオカン。僕はそれに応じる。

学生時代は担任の先生に頼まれて生徒会長をしてました系の、凛とした20代前半優等生系女子の看護師が、大声で僕ら親子に正論を振りかざし牽制。薄ピンク色した白衣が重ねて正しさを主張する。

20代女子が人生の大先輩であるオカンのことを、看過できず真剣に叱っている現状を俯瞰すると非日常的で笑える。この頃のオカンは全身にがん細胞が転移しており、世間一般でいう末期がん患者であった。「お前に治癒する可能性は無いのだから、諦めてとっとと一般病棟から出ていくんだぜ」と、現代医療から切捨てられたオカン。

そんなオカンは、残された余命を楽しく自分らしく和やかに生きるため、治癒を目的としないQOL(生活の質)の維持向上を目的とした、別名ホスピスと呼ばれる緩和ケア病棟に入院していた。

※本記事は、2019年11月刊行の書籍『尼崎ストロベリー』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。