四時間目の終業を告げるキンコンカンコンが鳴る。チャイム音が鳴り止むのを待たずして僕は教室を飛び出す。そそくさと下駄箱へ向かう。土曜日なので昼からの授業はない。僕はオカンのいる病院へ行きたいので急ぎ足。

先週から抗がん剤投与が始まった。吐き気や嘔吐、食欲不振。オカンにとって副作用は想像以上に辛いようだった。僕はオカンの体調が気がかりだったので、早く病院に行ってやろうと思っていた。

オカンの背中をさすったり、ボケて笑わしてやろうと思った。ナイキのエアファオースに履き替えて校舎を出ようとした僕を、背後から呼び止めたのはマコトだった。

五分だけ時間をくれというので、校庭のベンチでマコトの話を聞くことにした。病院へ早く駆けつけたい一心だったのだけど、彼の表情がいつもより真剣であったので僕はマコトに応じた。

校庭の朽ちかけた木製ベンチに腰をかけると、サッカー部がフリーキックの練習をしているのが見えた。二年エース長谷川順平がボールを蹴るようだ。ゴールキーパーが大声を出して、選手がつくる壁の位置を調整している。

「これから病院やろ? ごめんな、忙しいとこ。ちょっと俺から提案があって。すぐ終わるから、5分だけお願い」

「Zカップ女子の紹介?」と真顔で聞いたら、真顔で「違うわ!」と返ってきた。

「あの……、きよぴーのことやねんけど」

「オカン?」

「うん。きよぴーのこと。ほんまに……、ほんまに余命半年やねんな……?」

「医者にはそう言われたから。今は元気そうでもスキルス胃がんって病気はな、急にガタッと体力が落ちる時がくるらしい。一回落ちたら、もうそこから回復は難しいってさ」

柔らかな風がひゅうと吹いて木々の枝を軽く誘って、二、三枚の葉が植栽の茂みに落ちた。それを合図にするように、二年エースの長谷川順平が助走をつけた。

「単刀直入に言うで。俺とMANZAI甲子園に出よ!」

「は?」と僕の声がひっくり返った。

「マジで出ようや! ほんで結果残したろや。きよぴー、絶対喜ぶで」

「マジで言うてるの?」と僕は仰天した。目を丸くした僕を尻目にマコトは続ける。

「前に駿ちゃんから、がんのことやNK細胞のことを色々聞いたやん? あれから、俺も、笑いとがんのこと調べたりしたんよ。ほんで俺にできる事、なんかないかなぁって考えててん。でもな、俺、アホやろ? なかなか見つかれへんくて。幼馴染みの親友が苦しんでるのに、何もでけへん自分にむっちゃ腹たっててさ。悶々としてる自分がいて」

「そっか」

「きよぴーは、俺が幼稚園の頃から知ってる人やから。めっちゃ世話になってるもん。きよぴーのカレー食べてる回数で言うたら、駿ちゃんの次に、俺、世界ランキング二位やで、多分。俺にとって第二のオカンやねん、きよぴーは」

「……マコト」

「この前な、お見舞い行って良かったわ。俺がやれることのヒントが見つかったから。それはな、駿ちゃんと漫才コンビ・ストロベリーズを結成して、MANZAI甲子園に出場することや。ほんで優勝すること。俺らの漫才見て笑ってくれたらNK細胞が増える。ほんで、がん細胞を殺してくれる。おまけに優勝賞金50万もらえる。最高やろ?」

幼馴染みのマコトの熱い言葉が、僕の乳首の裏に潜む柔らかいところをえぐった。

「やろうや、駿ちゃん。今の俺らにしかでけへんことや」

「……すまん。すまんな、マコト……」

「あ、せや。賞金の50万で、きよぴーに高級クレンジング剤買うたろうや。イチゴ鼻、治せるやつ。喜ぶで」

マコトが笑顔で喋れば喋るほど、僕は嬉しくて泣きたい気持ちになった。

「……せやな。悪いな。お前も忙しいやろに。……ほんま、すまん」

「アホ! 駿ちゃんはほんまにアホやなぁ。こんな時は、すまん、ちゃうねん。ありがとう、やろ?」

「すまん」

「ほら!」

「やってもた」

「サブいサブい、サブいサブい! うわぁ、今のラリー、サブいなぁ。どっかの三流青春ドラマみたいになってたで。しょうもな! はい! しょうもなーい!! この感じやったら、絶対、優勝でけへんで。一回戦落ちや」とマコトは僕の迂闊を笑い飛ばした。僕は「ほんまやな」と同調した。

「ネタ作りは駿ちゃん担当やからな。絶対日本一なって、きよぴー笑かすで」

「わかった」

「俺らは、伝説のお笑い芸人を輩出してきた笑いの聖地・尼崎の人間や。そんじょそこらの奴らには負けへんで。アマガサキ生まれのガサキ魂、見せつけたろ!」

「任せとけ。笑いなら誰にも負けへん。いや負ける気がせえへんし。本気出す」

僕とマコトはハイタッチをし、尼崎を覆う大空に向けて啖呵を切った。この瞬間、ストロベリーズは結成した。二年エースの長谷川順平が蹴ったボールは、弧を描きながらゴールポストの遥か右を大きく反れていった。