第一章 出逢い ~青い春~

帰宅して、優子は床の間に入った。仏壇の前にペタリと座りこみ、父の骨壺を見て、回らない頭をゆっくりと巡らせてみた。母は親しみを持って、圭一郎さんと呼んでいたが、優子は、彼を入江さんとしか呼んだ事がなかった。そもそも、手をつないだ事もなければ、キスもしていなかった。彼との初めての会話を回想してみた。

「貴女は何をされているんですか?」

「華道です。嵯峨御流のいけばなで、景色いけや荘厳華とか色々な生け方があって、素晴らしいんです。来月から、自宅で教室を開きます。花が大好きなんです。お勤めはした事がありません」

「いけばなですか。いいですね」
「この間、旧暦の重陽(ちょうよう)の節句なので、菊の花を生けました」
「重陽の節句って、九月九日の事ですか?」

「そうです。よくご存知ですね。奇数は陽数で、九は一番多い陽数なので、九月九日は、陽数が多く重なって、おめでたい日なんです。でも、満つれば欠ける世の習いって言うみたいに、縁起が悪い事にならないよう、菊を生けて邪気払いをするんです。

香り高い菊は、ご皇室が紋章にさ れているくらい高貴な花で、延命長寿の花とされています。その菊を白、黄、赤の三色を生けて、葉の緑を青に見たて、水盤の水を黒に見たてて、これも邪気払いとされる五色に生ける習わしなんです。

いけばなには、そう言った古くからの由来があって、普遍的な人々の祈りが込められています。日本のこの伝統は大切に伝えなければって、私、思うんです」

「九は不思議な数字です。九を順番に足していくと。9+9=18 その18を1+8にすると9 18+18=36 その3+6=9 36+36=72 その7+2=9 72+72=144 その1+4+4=9 九をどれだけ足しても、必ず九になるんです。それから、円を半分づつに区切っていくと。三六〇度の3+6+0=9 一八〇度の1+8+0=9 九〇度の9+0=9 四五度の4+5=9 どこまでいっても九になるんです。つまり、九は宇宙の全てをつかさどる数字なんです」