【前回の記事を読む】【小説】「おれは警察を見ると腹がむかついてくるのだ」中学時代の旧友がそう話すワケ

第三話 熱い石ころ

店には母がいるためか、常雄は動こうともしないで、じっと女たちを見つめている。明夫にはその沈黙が重苦しく感じられた。

「どこを見ている」

「あの女の腹さ」

たしかに常雄はさっきからあの妊娠している女のお腹を見ていた。

「ところで仕事があるのと違うか」

「いや七時まではいいんだ。七時になると兄貴の店の使ってる人が帰るだろう。だからおれが九時くらいまで手伝うわけよ」

明夫は腕時計を見た。まだ三時半である。

「映画でも見に行かないか」明夫は店の横のビラを指差して誘ってみた。

「ああ、あれか。名古屋でもう見たよ。映画が好きか。今度の日曜日に行かないか。ロハで見せてやろう。何やってるか知らないが」

どうしてロハなんだろうと思ったが訊かないでいると、常雄はそれを察したようだ。

「知ってる奴がそこら中にいるから、おれは金払って映画を見たことがないんだよ」

最後の夏休みで、今はとくに忙しいわけではなかった。それに同級生とまた親しくなることもいいことだ。明夫は一緒に行く約束をして別れた。翌日、講義室に入ろうと履物入れを見渡した。いつも常雄が履いてくる靴が見当らない。流行している先の尖った靴を履いているのですぐ分かるのだが……。まだ来ていないのかもしれない。そう思いながら二階の講義室に入ると常雄はもう来ていた。後方のいつもの席で教科書を読んでいる。

「やあ、もう来ていたのか。靴が見当らないのでまだいないと思ったよ」

「昨夜、隣の町で傷害事件があっただろう。無免許運転じゃ張込み中のお巡りに引っ掛かると思って、今日はスクールバスで来たんだ。そうしたらいつもの癖でゴム草履で来ちまった」

常雄は長い足を投げ出して見せたが、スリッパに履き替えているのでゴム草履を履いているわけではなかった。

「おれたちみたいなチンピラは、お巡りは苦手だでよう。何かあると気を使うのだよ」

そう言って苦笑した。それから常雄は急に真面目な顔になった。

「ところでこの問題少しくらいやったか。おれやってみたら二十問のうち、四つ間違えてた。まあまあてとこかな」

問題集は学校に入るとき教科書と一緒に買ったものだが、明夫はまだそれを開いたこともなかった。講義中の常雄といえばノートまで用意してボールペンで丹念にメモするのだった。この暑さなのにご苦労なことだ。明夫はそこにかつての真面目な中学生・常雄の姿を見つけて少し安心した。