熱い石ころ

鳴子自動車学校はところどころ赤茶けた地肌の見える痩せた地味の丘陵地帯にあった。国道からわずかばかり入った小高い丘の頂に、豆腐のようなそっけない形の白い一棟の建物とその前に入り組んだ練習用のコースとがつくられている。つくられてからそれほど経っていないため、建物の外壁はまだ真っ白、講義室のリノリウムの床もクリーム色の壁も清潔そのものである。

昭和四十年、夏。就職する前に免許を取っておこうと、明夫は夏休みを利用してこの自動車学校に通っていた。ちょうど「法令」の講義を受けているところだ。黒板の前に置かれたただ一つの扇風機が首を振りながら勢いよく回っていたが、風は明夫のところまでは届かず、時折窓から吹き込んでくる微かな風を感じるだけだった。明夫はさっきから横にいる若い男が気になってならなかった。ずっと以前どこかで見たような気がするのだがどうしても思い出せないのだ。

法令の講義が終わって、教師が教習生名簿と手帳に印を押しに回ってきたとき明夫はその若い男の名簿を覗いてみた。「加納かのう常雄、二十二歳、雑貨商」とある。間違いなく中学三年生のとき同級生だった常雄なのだ。常雄はたしかサッカー部の副主将で、勉強の方もかなりよくできた。部活動と学習とを両立させている真面目な生徒といってよかった。

三年になって明夫が部活動から離れた後もグラウンドで真っ黒になって練習している姿をよく見かけた。明夫の通っていた中学校は運動部の活動が活発な学校で、サッカー部や野球部などは彼の在学中にも県大会で優勝したこともあった。それにしても中学を卒業してからそれほど経っていないのに、同じ自動車学校に通っていながら二人とも今まで気づかなかったのが不思議なくらいである。

前の日、明夫は常雄の車の後部座席に乗せてもらったばかりである。明夫はもともと方向感覚が弱く、街でも迷うことがよくあった。運転のコースを間違えることがあるので、同じコースを練習している常雄の車に乗せてもらってよく憶えておくように教師から言われていたのだ。

「後ろの座席に乗せてもらっていいですか」

常雄の練習を担当している教師にこう言うと、「ああ、いいよ」サングラスをかけた、褐色に日焼けした教師は振り向きもせず無愛想に応え、バタンと音を立ててドアを閉じた。その日、常雄はエンストもさせず車輪を一度落とした他はうまく運転した。その頃の車はよくエンストしたり、エンジンが掛かりにくくなったりしたものだった。

その時、明夫は常雄の髪を短く刈った後頭部を見ながらいつか見たことのある頭の形だなあと感じたのだがどうしても思い出せず、練習が済むと一言も交わさず別れたのだった。今日も後ろに乗せてもらうつもりだったので何とか挨拶ぐらいはしなければと思っていたのだが、名前を見たお陰で気楽になった。常雄は柱にもたれて悠々と煙草をふかしていた。中学のときも背の高い方だったがまた一回り高くなっている。

「今日も後ろに乗せてもらうよ」

「お前さんもおれと一緒に入ったのかね?」

お前さんという言葉が明夫にはちょっと威圧的に聞こえた。

「君、加納君だろう。中学のとき同級生だった」