第三話 熱い石ころ

二人はレストランに入って食事をした。

「おもしろかったか」

「まあね。今度はぼくが一度映画に誘おう」

大学に入ってから、映画の好きな友人の影響で、明夫はよく映画を見るようになっていた。友人が勧めてくれるのは『シベールの日曜日』『かくも長き不在』『終着駅』『道化師の夜』『灰とダイヤモンド』『甘い生活』というような映画だった。明夫がそんな映画の一つの題名を挙げると、

「いやあ、遠慮しとこう。そういうかたい奴は」

「かたいことなんかあるもんか。面白いって評判だ」

だが常雄は煙草を吸いながら「やめとこう」を繰り返した。

「からかってやろうかな」

彼はちょっときれいなウェイトレスを見つけるとコップに水を満たすように言った。彼はすぐ飲み乾して、彼女が去るとまた「彼女、水」と呼んだ。それからまた水を飲んで、同じことを繰り返した。よほど喉が渇いていたのだろうが、それにしてもよくあんなに飲めるものだ。

暗くなって街はようやく涼しさを取り戻し始めた。街を歩きながら常雄は嘆くように言うのだった。

「一人も知った奴に逢わんなあ。昔はこの辺を歩いておればすぐ一人や二人、ダチに逢ったもんだが」

「そんなに知った奴がいたのか」

「そりゃ、いろんなとこにいたからな」

「しかし、辞めてからまだ長くないんだろ?」

食後の満腹感が二人をむしろ沈んだ気持ちにさせていた。それからしばらく二人は黙って歩いた。水を打った道路から昼間の熱気と砂の匂いとを帯びた水蒸気が立ち昇ってくる。