西臨寺での集団疎開生活

ひもじいだけではなく、夜になるのがとても怖かった。それは便所だった。

裏庭の墓場に面した廊下の端に木で作られた急造の便器があり、暗くなると赤い豆電球が一つだけついていた。

風が吹いてきて赤い豆電球が揺れると、墓のなかから人魂が飛んでくるように見え、生徒たちはみんな怖がって便所へ一人では行けなかった。

小便を我慢したまま眠ってしまって寝小便をする子もいた。翌朝、陽の当たる廊下に何枚も干されている布団には寝小便の地図が書かれていた。怖くてトイレに行けなかった生徒たちのものだった。

Mは夜中に目覚め小便がしたくなり便所に向かったが、赤い豆電球が揺れていて、怖くて身がすくみ行けなくなり廊下に、しゃがんで小便をした。

翌朝、先生が見つけて、雨に濡れたようだと廊下に溜まっていたMの小便を六年生の女の子たちに拭き取らせていた。

それと大便のあとも苦労した。尻を拭く紙もなく、代わりに大きい枯葉が何枚か置いてあるだけでうまく拭けず、すぐに破れてウンチが指につき臭かった。

白より甘くない赤い絵の具

学校は一キロばかり離れた坂の下にあり、みんなで歩いて通った。その土地の同学年の男女生徒と一緒になり、一クラスが三十名ばかりで学んだ。

田舎の生徒たちは学力が低く算数はまるでだめで、勉強を教えてやった。その代償として彼らが持ってきた弁当の握り飯などをもらって食べることで飢えをしのいだ。

おはぎをもらったこともあった。塩あんで砂糖の甘味はしなかったが夢中で食った。

当時は甘味にはいちばん飢えていた。絵の具は甘いので、チューブから出して舐めた。油臭かったが白がいちばん甘かった。

白色がなくなって赤色を舐めてみた。白ほど甘くなかった。

Mが夕方になって小便をしに便所に行くと、出てきた六年生の女の子が「ぎゃー! 怖い」と悲鳴をあげて逃げた。

驚いたMが便所の入り口の手洗いに掛けてあるひびの入った鏡を覗くと、口の回りが真っ赤で、まるで吸血鬼のような形相をしていたので自分でも怖くなって「ひゃっ」と声を上げた。