はじめに

一九四五(昭和二十)年八月六日、原子爆弾が広島市の上空で炸裂し、数多くの人々が一瞬で命を奪われたことを誰もが知っている。だが、原爆が投下された瞬間の情景を物語る人は少ない。

Mは子供の頃、誰もが語らない、原子爆弾が落下する瞬間の実景を見た。

これまでに何度か、そのことを話してみたが、誰も本気で聞いてくれないばかりか揶揄されてきた。無理もない。誰もが通常の爆弾のように投下後、真っ逆さまに落ちてくる爆弾のことしか知らないからだ。だが、実際の原子爆弾が落ちてくる情景は違っていた。

もう一つは、「関係者」しか目の当たりにしたことのないマリリン・モンローその人を至近距離で肉眼で見たという経験だ。

これまた、誰に話しても噓だと言って信じてもらえない。そのようなことはあり得ないと、頭から否定される。しかし、事実は小説より奇なりというように、現実離れしたことでも、それを体験したという事実は厳然と、いまでもMの記憶のなかにある。

遠い過去のことになるが、法螺(ほら)ではなく現実にあったことを証明でき、納得してもらえるように、その当時の状況を書き残しておかないと、永遠に法螺吹き男の汚名は返上されないだろう。

作り話ではなく本当に身をもって体験した真実であることを証明するには、Mが生まれて育った環境を細かく説明することしか他に手立てはない。そこでMの出生、幼少時代の生い立ちから広島を発つまでの前半生の記を書き残しておこうと思った。