第二章 破 絶歌

「魔界の住人、少年A 酒鬼薔薇 聖斗」を聖書から糺す

新潮社刊 髙山文彦著『「少年A」14歳の肖像』より。著者は日本中を震撼させたこの事件に関してこう語ります。曰く「私は、読者の皆さんがどんな感想を抱かれるか知りたい。審判は終わり、肝心なことは何一つ明らかにされることなく、謎のまま闇に葬られた。少年はなぜ『酒鬼薔薇聖斗』になったのか? 母親は彼をどう育てたのか? 両親は本当に彼の奇行を何も知らなかったのか?」。

この事件は宇宙の彼方からやって来たエイリアンが起こした殺人事件ではありません。日本のどこにでもあるような親子五人家族の平凡なサラリーマン家庭の中で育った三人兄弟の長男、中学三年生になる自称「酒鬼薔薇聖斗」と名のる「少年A」が起こしたのです。

少年A曰く、「さあゲームの始まりです 愚鈍な警察諸君、ボクを止めてみたまえ ボクは殺しが愉快でたまらない 人の死が見たくて見たくてしょうがない 汚い野菜共には死の制裁を 積年の大怨に流血の裁きを SHOOLL  KILL 学校殺死の酒鬼薔薇(原文ママ)」。

少年Aの生い立ちから彼の思想形成をたどれば、一体何が見えるでしょうか。検事調書の中で彼は次のように語りました。「僕自身、家族のことは、別に何とも思っていないものの、僕にとってお祖母ちゃんだけは大事な存在でした」。お祖母ちゃんはかけがえのない人であり、心の拠り所だったのです。

祖母はいつもそのままで受け入れてくれる唯一の味方であり、逃れの場です。その祖母がこの世を去ったのは、彼が小学五年生になったばかりの四月のことでした。彼にとって祖母の死という事件は、青天の霹靂です。「僕からお祖母ちゃんを奪い取ったのは死というものであり、僕にとって死とはいったい何なのかという疑問が湧いてきたのです」。

ですから「死」という「もの」は、小学五年生になったばかりの少年Aにとっては恨みその「もの」、憎むべき対象その「物」であり、その反動として「命」という「物」が体のどこに仕舞われているのか見てみたい、確かめてみたいと考えたのは自然の成り行きなのかもしれません。

祖母の死を契機として、彼はナメクジや蛙を殺し解剖を始めるようになりました。命の在り処を探ろうとする純粋な動機が解剖という行為であれば、もしや彼は将来優秀な外科医か、または分子生物学者になることができたかもしれません。しかし彼の動機はあくまでも死という「物」に対する恨みと憎しみです。

※本記事は、2019年7月刊行の書籍『西洋キリスト教という「宗教」の終焉』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。