「ポジティブマインドに切り替えて行こう! これからのたった1年間の受験勉強だけでお前らの一生が決まるんだよ! 大事なのは、そう言った攻めのマインドだよ」

彼は胸に手をあてて、喋る、喋る、喋る。彼のベシャリはすこぶる流暢だ。そこは認める。しかし残念なことにベシャリがつるつるしていて、聴いていて胸に引っ掛かるところがない。重みがない。

傍聴していた僕は彼をそのように分析していた。ってか、「マインド」って表現好きですね? 気にいってますよね?「マインド」言うてたら、カッコええと思ってますよね?

「高校生という視野が狭いお前らから見たらさ、受験戦争に打ち勝って高い偏差値の大学を卒業して、一流会社でバリバリ働いている僕のことが立派な社会人に見えるかもしれない」

いやいやいやいや、自分で言います? 「立派な社会人」って。

「お前らと距離ができてしまうのも悲しいから、ほんとのこと言いますね。実は、こう見えて僕ね、高校時代は、ヤンチャしてましてね」

知りませんやん! お前のヤンチャ烈伝、未来永劫、知りませんやん!

「この校舎の向かい側にね、西二号館って校舎が昔あったんですが……って、こんな話したら年バレちゃいますよねぇ?」と彼は照れて困った顔をする。

お前の年齢については、二十億光年、興味ないです。

「その西二号館のベンチで毎日、野郎が集まってね、馬鹿話ばっかりしてましたよ。ほとんど、女の子の話でした。当時の僕ね、モテ期が来てたんですよ。何回、告白されたかなぁ。ひどい時は、3日間連続で告白されたこともありましたね。3連チャンですよ〜。ありえないっしょ?」

はい、始まりました。オッサンの恋愛武勇伝。絶対おもんないパターンのヤツや。お前の武勇伝については、ゆりかごから墓場まで一切の興味引くことなしに過ごせる自信があります。

「当時、馬鹿話してた仲間の中に、松木っていう大親友がいたんですけどね」

彼はトーンを下げて続けた。

「彼は受験勉強をやめて、お笑い芸人の養成所に行って芸人になったんです。結局、卒業してから音信不通になりましてね。僕が電話しても全然出てくれなくて。あのね、わからなくもないんですよ。僕が大企業でバリバリ働いて出世していく中、一方、彼は売れないお笑い芸人でしょ? 彼のプライドが邪魔して僕に連絡しにくかったんでしょうね」

夢を追いかけて散っていった仲間を彼は完全に見下していた。彼の中には、確固たる社会的ヒエラルキーが構築されていて、当該階層のどこに自分の身を置くかで人生の全てが決まるという思想。

職業などの属性を向上させ資産を最大化し、できるだけ上の属性へという発想。お笑い芸人を目指したかつての仲間は、いつの日か彼の冠位十二階制度の階級外へ放り出されていた。

※本記事は、2019年11月刊行の書籍『尼崎ストロベリー』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。