「ここにいるお前らには、僕の友達みたいになって欲しくないんだ。大切な後輩だから。一緒に社会に出て頑張りたいんですよ! 一緒にポジティブマインドで頑張りましょう! やりましょうよ! やりましょう! お前らならできる! 絶対、俺みたいになれるから!」

彼は自分の成功体験を僕らに押し付けた。唾液が滴り落ちそうになるほど、饒舌に上下運動する安っぽい肉の塊を僕はただただ憎々しく思えた。進路であれ学問であれ、ひとたび人間に何かを教育しようとするとき、どうしてヒトは個人の主観に頼ってしまうのであろうか。

それは一般化することができない一つの事象に過ぎないのかもしれないのに、何故ヒトはその成功体験に依存するのであろうか。

僕が欲していたのは、誰かの成功体験や主観に基づく逸話などではなく、個人の体験を大量に観察することによって導き出される法則や科学的根拠に基づいた将来の道標である。同じ高校を卒業し、大企業に入った男とお笑い芸人を目指した男の格差。その差は人生の幸福という点において、統計的に有意であることを僕に示して欲しい。

貴様の感情論などは御免なのであり、貴様の御目出度い主張には徹頭徹尾反対なのである。不毛な講演が終わり、OBの彼を現世に降臨した神が如く崇めて群がり、おもねる凡人生徒の群れ。

そんな奴らをかき分けて反駁するのも馬鹿らしいと考えた僕はそそくさと体育館を出た。そこに、「駿ちゃん、お疲れ」と話しかけてきたのは、クラスメイトのマコトだ。

「講演、長かったなぁ。ダルかったわぁ」と周囲に聞こえるくらいの大きな声で欠伸をしながら言い放つ彼。近くに進路指導の教師もいたので、僕は少し肝を冷やした。

彼の性格は、一言で良く言えば天真爛漫。一言で悪く言えばガサツ。

この世に生まれる時に、遠慮や気兼ねという人間として大切なものを母親の子宮に忘却してきたのだろう。思いついたことは何でも口にしてしまう。どちらかというと繊細な性格の僕にとっては、一緒にいて丁度バランスがよかったから、彼とは仲良くしていた。

「ほんま、それ。きつかったよなぁ」

「しんどいわぁ」

「マコトはさ、卒業したら進学なん? 就職なん?」

「うーん、まだわからん。家業の工務店を継ぐ感じにはなると思うねんけどな。大学行って遊びたい気もするしなぁ」

「大会社の社長の息子は、呑気でええなぁ」

「アホ! どこが大会社やねん」

「え? 大会社ちゃうかったっけ? 従業員、何人雇ってるんやったっけ?」

「従業員は総勢、一人や。しかも、オカン」

「家内工業やないかい!」

いつもの予定された掛け合いをして、僕らは二人で笑った。笑いながら歩いていた僕らの傍をくすんだピンク色の自転車が通り過ぎた。僕らは立ち止まった。

自転車を立ち漕ぎしているのはクラスメイトの小林。馬鹿でかい図体を右へ左へ揺らして、フンガフンガ言いながらハンドルを操縦している。その荷台に、ちょこんと二人乗りしているのは、同じくクラスメイトの坊主頭のタケ。

小林が息を切らせながら「駿、先に行っとくで〜」と言い、「ガストで待ってるで、ガストやでぇ」とタケが付け加えた。マコトが「すぐ追っかけるわ!」と返し、僕は手を振って了解を伝えた。マコトが続けて「タケのにけつの仕方、完全に女子やな。あいつらデキてんちゃうか」と言って笑い飛ばした。

※本記事は、2019年11月刊行の書籍『尼崎ストロベリー』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。