第1章 EARTH 2017 〜環境問題〜

(1)世界を襲う環境問題

2050年がどのように快適なのだろうか?

ECOの普及は地球環境劣化の停止に間に合うのだろうか?

8年前の2010年、筆者は「地球環境の未来」に向けて、2050年の地球の姿と、そのプロセスでの万全な対応策が行われているのであろうかという問いを発し、それに対するポジティブな答えとネガティブな答えを述べて、地球環境問題の喫緊の課題を提起しました。

同時にその具体的な対応策などについて述べた書を世に問いました。8年経ち、現況の地球環境を捉えてみると、2017年までの課題であった環境問題に対しては、少しずつボジティブな答えに近づいているのですが、例えばエコマインドの浸透により、環境意識が高まって真の成熟社会へと発展していくと思われます。

一方、日本では2011年に東日本大震災に見舞われ、東北から関東にかけて地震と津波によって多くの人命が失われました。同時に被災した福島第一原発ではメルトダウンにより、放射性物質が大気中に放出されたことで、食品・水道水・大気・海水・土壌から事故由来のセシウムなどの放射性物質が検出され、住民の避難が行われるほどの大災害となり、環境破壊がもたらされました。この原発事故はネガティブな答えに当てはまると言えましょう。

また、それだけではなく、環境問題の複雑化が懸念されてきました。それは、「温暖化による感染症の増幅」などという、生物的環境と非生物的環境の複合的な新しい環境問題が発生しつつあります。それらはネガティブな答えの方向へ向かっているのではないかという危機感が生じてきました。

そこで、改めて地球環境問題について、ネガティブな問題の指摘、その問題をポジティブへと変換する対応と、ポジティブな環境問題は今後も維持・継続することを推進させるべく、その方法などについて提言させていただこうと、再度、筆を執ることにしました。まずは8年前に述べさせていただいた、ボジティブとネガティブの答えとは、どのようなものであったのかについて触れましょう。

「ポジティブに発想すれば、未来は車が個別に飛行機のように空を飛び、便利さを向上させ、ライフスタイルは安全が確保され、健康で長寿になる社会となります」

「ネガティブに見れば、20世紀以来の化石燃料の多消費や乱開発を継続し、一方、生物、鉱物資源の実態が未解明のままで、生態系はもちろん、太陽光をはじめとする自然摂理が無能化し、生物多様性の保全や自然浄化ができない人類にとって悪質な地球になってしまうかもしれないのです」

この二つの問いは、地球環境負荷の要因は数多いものの、人類が負荷低減に取り組み、その結果、未来の豊かさが現代以上か以下かはあまり論じられていないことから述べたものですが、それは8年経った現在においても変わっておりません。

さて、現在のように地球環境問題が注目されるようになったのは、それほど昔のことではありません。その意味で、エコロジーやエコマインドをより知るためにはやはり、その歴史的過程を知っておくことは重要なことです。簡単に紹介しておきましょう。

1970年、日本では公害防止条例が制定され、東京都では1971年に公害監視委員制度ができました。私は公害問題への対応を都知事に諮問する役割を1976年に指名され、携わったことがあります。1965年〜70年にかけて、経済は「いざなぎ景気」で実質経済成長率は2桁を記録しました。日本の経済力は世界に例を見ない急拡大となり、大量生産、大量消費の結果、大量のごみや排水また排気ガスが発生し、この「つけ」が公害となりました。

日本の大都市にあっては当然、晴れた夜空に星は見えず、東京都の杉並区、大田区、品川区の小学校では光化学オキシダントが発生して、休校となり、荒川、多摩川などの河川ではBOD(生物化学的酸素要求量)が30ppmとなりユスリカ科のアカムシも棲息できないほど汚染されました。

このままでは子供や孫、子孫に豊かな自然はないと思いました。地方都市も含め大都市化、人為的都市化をするなかで、こうしたいたたまれない気持ちを持つのは私だけではなかったと思います。そしてこのことは多くの環境保全活動の源になったと言っても良いでしょう。

※本記事は、2018年6月刊行の書籍『EARTH 2050』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。