第1章 医療

高齢者の弁膜症

ザーザーという雑音が聞こえてきました。80歳のMさんの聴診をしていた時のことです。

前回も気になったけれどやはり心臓に雑音があります。どうも大動脈弁に異常を生じたようです。最近こんな高齢者の方が増えています。化石医師の専門は消化器内科でありその中でも膵臓疾患です。でも若い頃は循環器を志望していました。当時は心電図がほぼ普及した頃でした。

循環器の検査の中に「心音図」という検査があります。文字通り心臓の音を波形で記録しその結果から心臓の弁の異常を解析する検査です。担当する医師が誰もいないまま化石医師が担当することになりました。心音図は波形記録です。しかしその前に当然のことながら心臓の音の聴診をしっかり行う必要があります。

「聴診器の性能云々もいいけれど耳の間の方が問題だ」先輩医師にそんな皮肉を言われながらよりいい音を聴こうと一所懸命でした。当時聴診器の三大名器と言われていた聴診器を買い求め、耳の間の性能を磨くため研修会に参加したり文献を読んだものでした。やがて超音波画像検査が発達し心臓の弁の動きを直接見ることができるようになり心音図の役割は低下していきます。

当時はまだ心臓カテーテル検査が一部の施設で始まったばかりの頃でした。それに対し当時の消化器は早期胃がん診断の花盛りであり熱気に満ちていました。内視鏡検査も急速に進歩していました。自分の目で見て自分の手で直接治療できる。そんな魅力がありました。せっかく診断しても薬剤による治療しかできないもどかしさ。