喜歌劇『クローディアスなのか、ガートルードなのか』

登場人物

クローディアス … 先王の弟、後にデンマーク国王
ガートルード …… デンマーク王妃、ハムレットの母
ポローニアス …… 内大臣
ハムレット ……… 先王の息子、デンマーク王子
女官長
執事
肉屋
肉屋の女房
パン屋
酒屋
酒屋の女房
大工
鍛冶屋
伝令

デンマーク・エルシノア城内および城下での出来事。

舞台の平面(平舞台)に二段重なる様式の馬蹄形三層の舞台装置。

上舞台と中舞台の両端は「廊下」となって上手・下手袖まで伸びている。

上舞台には左右対称的に二本の柱が立っている。

上舞台中央奥に、国王・王妃登退場のための階段が設置されているが、客席からは見えない。

場面設定として、テーブル・椅子・ソファなど小道具を用いる場合もあるが、原則的には何もない空間である。

第一幕

第五場 クローディアスの部屋

ポローニアスが素早くポケットから小箱を取りだし、

「席」についたクローディアスの前に差し出す。

音楽(「中庭で過ごすひと時」)が薄らいでいくとともに、上舞台の明かりも消える。

クローディアス: ……これは?
ポローニアス: (小箱からカードを取り出し、テーブルの上にクイーンとキングの札を広げて見せる)フランス製のトランプでございます。どうです、美しいものでしょう。フランスではトランプの絵札に伝説の人物を当てはめているのだそうで。ダイヤでいえば、キングは古代ローマのカエサル、クイーンは旧約聖書のヤコブの妻ラケル。アレキサンダー大王は、クラブのキングになっております。また――
クローディアス: どうしたのだ、これは?
ポローニアス: あは、あははは、お聴き漏らしでしたか。倅(せがれ)レアティーズがパリの店から送らせたものでございます。「留守中の退屈しのぎになれば」とかなんとか書き記した手紙を添えましてな。なに、倅がいなくても、手元にはオフィーリアという初心(うぶ) な娘がおりますので、寂しさなどひとかけらもありませんのに、あっははははは。
殿下、私めが好きなのは、これ、スペードのキング、ダビデ王。(クローディアスにカードを手渡して)竪琴を両の手で握っている絵柄がなんとも立派で――
クローディアス: (キングのカードを見つめながら)ポローニアス……。
ポローニアス: あ、はい。
クローディアス: お前は幸せだ。愛する息子や娘がいて、その子供たちからも慕われている。それに引き換え、私は独りだ。居場所もない。身の置き所もないのだ。(受け取った「キング」をテーブル上のカードの上に投げる)
ポローニアス: なんと。これは異なことをおっしゃる。(投げられた「キング」を掲げて見せ)あなた様は国王陛下のご実弟、このエルシノア城の全てが居場所だと言っても過言ではありません。
クローディアス: (「キング」をさっと取り上げ、再びテーブルの上に置く)この城は兄のものだ。血を分けているとはいえ、兄上は武勇に優れ軍略に長(た) けたデンマークの国王、一方私は、いわば居候の身で日陰者だ。
ポローニアス: (毅然として)兄君(あにぎみ)が武人として誉れ高くデンマーク国を盤石(ばんじゃく)なものにした立役者なら、殿下はその陰で内政の充実に努められ廷臣たちの人望も厚い弟君(おとうとぎみ)、臣下に囲まれお独りではありません。
クローディアス: ……ポローニアス……。
ポローニアス: (カードを集め、シャッフルしながら)……ただ、豪放磊落(ごうほうらいらく)な陛下とは違い何事にも慎重なご性格ゆえか、ご結婚に消極的なのが解(げ) せません。これまで何度かお話がありましたが、言を左右にされるばかりで……。もしどなたか殿下ご自身にお好きな方がおありなら、そのご身分からしてお望みのままでしょうに。
クローディアス: (傍白)それがお望みのままにならないのだ。
ポローニアス: (楽しそうに)それでは、この舶来のトランプで一勝負願います。

ポローニアスはカード数枚を相手と自分に配り、残りをテーブルの上に置く。

再び上舞台が浮かび上がり、ガートルードが語り出す。

クローディアスは「想念の世界」に入り込みながら、ゲームの相手をする。

ガートルード: ……クローディアス殿。軽やかな言の葉も、リュートの調べも戻ったよう。この中庭で過ごすひと時が、また持てますように。……おしまいに? 今日を限り……とは、なぜなのでしょう? 王様ご出陣からの長い月日、ご帰還を待つだけの日々は、心ふさぐものでした。私は話し相手が欲しかったのです。こんな楽しい時を過ごしたのは初めて。長い時間が光のごとく過ぎ去ったのです。……この中庭でのひと時は、おしまい?
クローディアス: (傍白)そう、おしまいに。
ポローニアス: は? おしまいに? はっは、御冗談を。さ、殿下の番です。
ガートルード: わたしの歓びにも蓋をされるのですか? ……この中庭でのひと時は おしまい? ……おしまいに?
クローディアス: (カードを一枚引きながら)それしか手がないのだ。
ポローニアス: ……手がない。へっへ、……となれば、こちらは強気に出られるというもので。(手持ちのカードを一枚捨て、置かれている一枚を取る)
ガートルード: ……クローディアス殿 ……クローディアス殿……
クローディアス: おしまいに、おしまいにしなければいけないのだ!

クローディアスは手持ちのカードをテーブルの上にドンと置く。

上舞台の明かりプツンと消える。

ポローニアスは驚いてしばらくクローディアスを見つめた後、カードを集める。

※本記事は、2019年8月刊行の書籍『雪女とオフィーリア、そしてクローディアス』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。