はじめに

日本では詩や小説に比べて戯曲(脚本)に触れる機会がほとんどなく、演劇は学校の課外活動となっているのが一般的だ。一方、音楽は美術とともに長く芸術教育の中心に位置付けられ、日常的にもあふれていて身近なものとなっている。ただ、音楽でもクラシック特にオペラとなると愛好者は限られ、日本語によるオペラとなるとさらに関心を集めるのは難しい。

この『雪女とオフィーリア、そしてクローディアス』は、そうした状況において、演劇のもつドラマ性とクラシック音楽の表現力、歌唱による日本語の美しさと演技の魅力を広く知っていただきたいという思いが詰まった一冊である。

脚本は、すでに上演された2作品とこの本のために新たに書き下ろされた『クローディアスなのか、ガートルードなのか』とが収められている。素材は、雪女の伝説とシェイクスピアの代表作『ハムレット』によるもので楽しく読んでいただけると思う。

楽譜は、『雪女の恋』『悲戀~ハムレットとオフィーリア』ともアリアを中心に総譜の中から代表的な曲を掲載することで音楽ファンの期待に応えようとした。また、上演の再現として作曲家の言葉・舞台写真・客席からの声を、さらに掲載作品に関する論評および「東京ミニオペラカンパニー」というオペラユニットの紹介も併せて1冊とした。

ご興味のあるページからお読みいただければ幸いである。

 

佐野語郎

小歌劇『悲戀~ハムレットとオフィーリア』

原典『ハムレット』W・シェイクスピア

翻訳/小田島雄志(「シェイクスピア全集Ⅰ」白水社)

作/佐野語郎

 

登場人物

ハムレット …… デンマーク王子

オフィーリア … 内大臣の娘

ホレーシオ …… ハムレットの友人

侍女

 

デンマーク・エルシノア城内での出来事。

舞台上には、ピアノと椅子二脚のみ。

ホレーシオがハムレットの友人として侍女がオフィーリアの侍女として、

かつてエルシノア城内で起きた悲劇を物語る中で、

主人公のハムレットとオフィーリアが現れるという劇構造になっている。

音楽は全編を通して演奏される。

詠唱や重唱のほかに、叙唱(レチタティーヴォ)や台詞表現によって進行するミニオペラとなっている。

 

プロローグ

闇。

音楽が流れるとともに、舞台が明るくなる。

ホレーシオ エルシノア城は、北欧の国・デンマークの海辺にそびえ立つ城、王子ハムレット様は、やがて国王を継ぐはずでした。私は、ドイツのウィッテンベルク大学でハムレット様の学友でした。

侍女  オフィーリアさまはデンマーク国・内大臣閣下の娘で、私は、お側(そば)に仕える身でした。オフィーリアさまは、気高い心の王子様を密かにお慕いしていました。

ホレーシオ 王妃様はオフィーリア殿がお気に入りで、ゆくゆくはお二人が夫婦(めおと)になればよいとのお考え。

侍女  毎日のように届く王子さまからの愛のお手紙、誓いのお言葉。身分違いを気にされていたオフィーリアさまのお気持ちもしだいに変わって……

ホレーシオ お二人は相思相愛に……。

侍女 相思相愛に……。

ホレーシオと侍女は退場する。

第一場

音楽(「このときめきを」)。

舞台上手から、オフィーリアが登場する。

オフィーリア デンマークの希望 華 礼節の手本

そのまなざし ことば あざやかな剣さばき

あらゆる人の 賛美の的 あらゆる人の 賛美の的

ああ ああ このときめきを どうしたらいいのでしょう

(正面を見つめ、「鏡」にわが姿を映す)誕生日に戴いた 王子さまからの贈り物

青い宝石が真ん中に輝く 銀の首飾り

サファイアは 誠実と愛情の印とか

(胸元から「手紙」を取り出して)贈り物に添えられた 王子さまからのお手紙

『天使のごとき わが魂の偶像、美しきオフィーリアへ』

あらゆる人の 賛美の的 あらゆる人の 賛美の的

ああ ああ このときめきを どうしたらいいのでしょう

ハムレットが、下手から登場する。

音楽(「いとしきオフィーリア」)。

オフィーリアは、上手で「手紙」の文面(ハムレットの歌唱)に思いをはせる。

ハムレット  その真っ白な胸に この文(ふみ)を 星が燃え 太陽が動くのを疑おうとも真実がまことなるのを疑おうとも わが愛を疑うことなかれ

(ハムレット、高揚して舞台中央へ歩み寄る)おお オフィーリア

私は詩を作るのが苦手だ 胸の悩みを行分けして書くなんてできっこない

だが 私はおまえを愛している だれよりも なによりも 愛している

それだけは信じてくれ さようなら

――この体が自分のものであるかぎり いとしきオフィーリアよ

永遠におまえのものであるハムレットより

ハムレットとオフィーリアは、舞台中央で寄り添う。

音楽(重唱「神の祝福を」)。

ハムレット  わがデンマークよ

オフィーリア  うるわしのこの国

ハムレット   わがデンマークよ

オフィーリア  うるわしのこの国

ハムレット  森の妖精 オフィーリア

オフィーリア  城の貴公子 ハムレットさま

ハムレット  身分を超えて わが思いは 思いは お前を引き寄せ

オフィーリア  その思いに包まれ

ハムレット/ 二人の心は重なって 一つに

オフィーリア 二人の心は溶け合って 一つに ああ

ハムレット  わがデンマークよ

オフィーリア  うるわしのこの国

ハムレット  わがデンマークよ

オフィーリア  うるわしのこの国

※本記事は、2019年8月刊行の書籍『雪女とオフィーリア、そしてクローディアス』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。