喜歌劇『クローディアスなのか、ガートルードなのか』

登場人物

クローディアス … 先王の弟、後にデンマーク国王
ガートルード …… デンマーク王妃、ハムレットの母
ポローニアス …… 内大臣
ハムレット ……… 先王の息子、デンマーク王子
女官長
執事
肉屋
肉屋の女房
パン屋
酒屋
酒屋の女房
大工
鍛冶屋
伝令

デンマーク・エルシノア城内および城下での出来事。

舞台の平面(平舞台)に二段重なる様式の馬蹄形三層の舞台装置。

上舞台と中舞台の両端は「廊下」となって上手・下手袖まで伸びている。

上舞台には左右対称的に二本の柱が立っている。

上舞台中央奥に、国王・王妃登退場のための階段が設置されているが、客席からは見えない。

場面設定として、テーブル・椅子・ソファなど小道具を用いる場合もあるが、原則的には何もない空間である。

第一幕

第五場 クローディアスの部屋

テーマ音楽。中舞台が明るくなる。

同日の夜。クローディアスが、大きな椅子に腰かけ物思いに浸っている。

ポローニアスが、書類を片手に行きつ戻りつしながら話をしている。

舞台奥には、小テーブルと椅子が置かれている。

ポローニアス: ……う~む。あとは、と。王様のお帰りが延びたということは、……当分の間、酒の注文はもちろんのこと、晩餐のテーブルに供する料理の品数も抑えることですな。贅沢は敵! 軍事費が突出するなか、通常経費は抑制するに越したことはありません。……ただまあ、先に帰還する兵士たちの手当だけは用意する必要があるでしょう。内部の不満が高まれば、国家の一大事になりかねませんからな。国境警備の任務は、陸続きのドイツをはじめ、海を挟んだノルウェー、目と鼻の先のスウェーデン、三国にわたり、かつ、海賊どもが出没する内陸沿岸まで及びます。その激務には同情の余地があります。
クローディアス: 王妃……
ポローニアス: ……王妃? そう、王妃様もお気の毒なことで。王様が城を空けられることが多く、ハムレット王子はドイツへ留学されたまま。女官たちが身の回りの世話をするとはいえ、お独りでお寂しいことでしょうな。
クローディアス: ガートルード……
ポローニアス: ……ガートルード? そうです。あ、この間ですな、王妃様にハムレット王子から手紙があったそうで。少しはお気が晴れたでしょう。……あ、そうそう! フランスへ留学している息子レアティーズが私めに送ってきた品がありましてな。(ポケットを手で押さえて)あは、うはは……殿下にご披露しようと存じまして……ちょっと失礼して――

ポローニアスはいそいそと奥にある小テーブルと椅子の方へ向かう。

音楽(「中庭で過ごすひと時」)。

クローディアスがつぶやくように歌い出す。

クローディアス: 西に沈みゆく夕陽は 美しい夕月の前触れ役
空を赤く染める落日は 白い輝きの引き立て役
デンマーク国に咲く 一輪の薔薇
華やかな美しさ 香(かぐわ)しさ

上舞台が幻想的に浮かび上がり、ガートルードが歌い出す。

クローディアスがそれに続き、重唱となる。

ガートルード: 時の針は 動きを速め
クローディアス: 時の針の 動きは止まり
ガートルード: 薔薇の美しさ 消え去って
クローディアス: 薔薇の美しさ 鮮やかに
ガートルード/クローディアス: 花弁(はなびら)しおれ 香りも失せて
時間を超えて 今この胸に

ポローニアスは小テーブルを抱えて戻り、腰かけているクローディアスの前に置く。
 

ポローニアス: ……は? 何かおっしゃいましたか?

クローディアスは黙したまま大きな椅子から立ち上がり、空(くう)を見つめる。

ポローニアスはばつが悪そうに首を傾げ、椅子を取りに行く。

クローディアス: ああ 王妃様のおそばで過ごすひと時は
クローディアスの幸せ 幸せ
ガートルード: ああ クローディアス殿と過ごすひと時は
ガートルードの楽しみ 楽しみ
クローディアス/ガートルード: ああ この中庭で過ごすひと時は
何よりの歓び 歓び
ポローニアス: (椅子を持って戻りながら)……「幸せ」とおっしゃいましたか?「歓び」とも聞こえましたが? いや、それほどのことでも……しかし、光栄です、レアティーズも喜ぶことでしょう。殿下、この品でございます。

※本記事は、2019年8月刊行の書籍『雪女とオフィーリア、そしてクローディアス』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。