11月7日(土)

嘔吐

一昨日は大阪、昨日は国立能楽堂で狂言『鎌腹』と、能『松風』を観た。2日続けて良子を見舞えなかった。

ただ、懸案のオナラが出たということで、安心していた。

『松風』は、確かドナルド・キーン先生が高い評価をしていたので、実舞台で知りたかった。しかし「感動」するに至らなかった。能は難しい。「鎌腹」は歌舞伎にもなっており、よく分かった。

今日は8時にあい子を駅に降ろし、その足で病院へ行った。

「どう?」と声を掛けると、元気な声が返ってくると思っていた予測に反して、良子はわずかに首を振った。

「どうしたの? 調子が悪いの?」

昨日の昼から、すべてを吐いた、と良子は言った。

「一旦点滴はすべて外されたのに」

それが再び装着されていた。安心していた私の中に暗雲が広がった。

ただ顔色は良かった。口調もはっきりしていた。

「傷の痛みは随分減った。楽になった」と言った。

「歩いた方がいいと書いてあるよ」

良子は、少しは歩いている、と言った。

「ちょっと歩いてみようか」

良子は自分で起き上がった。そして廊下に出た。

ゆっくり歩いた。私は嘔吐受の皿とティッシュ紙を持って、後ろに付き添った。

10歩ほど歩くたびに、溜め息をついた。

東西病棟の中間点にある椅子に腰を下ろし、しばらく休んだ。

東西病棟を全周するつもりであったが、無理をしない方が良いと思った。

窓外に横浜港の一部が見え、日差しが気持ち良かった。そして部屋に戻った。

1時間余りいて、「夕方、来る」と言って一旦家に帰った。

そしてインターネットで調べた。「日経BP社」のサイトに、『大腸がんを生きるガイド』というのがあった。その「手術の合併症」というページに次の文章がある。

術後の腸閉塞では、時間の経過とともに症状が自然に改善することが多く、食事を止める、食事の量を減らす、腸の運動を改善させるクスリを飲む、などの対応によって、大抵の場合は治ります。

症状が長く続くようであれば、鼻から腸までチューブを入れて、溜まった腸液やガスなどを抜く治療も行われます。

チューブを入れて腸液を抜いても良くならない場合や、症状を頻繁に繰り返す場合は、腸と腸もしくは腸と腹壁との癒着(くっつき)によって腸管がかなり細くなっている可能性が高く、その場合は手術が必要になることもあります。

「時間の経過とともに症状が自然に改善することが多く」の言葉に、私はわずかに安堵した。そうであってほしい。

16時半にあい子を駅に迎えて、その足で病院へ行った。部屋に入るなり、おっと思った。

良子の鼻にチューブが装着されていた。「症状が長く続くようであれば、鼻から腸までチューブを入れて、溜まった腸液やガスなどを抜く治療も行われます」の段階に入っているのであった。

「歩いたのが悪かったのか?」

良子は首を振った。朝私が帰ったあとからも、何度か歩いた、と言った。歩くことはマニュアルでも勧められていた。

良子は立ち上がり、歩き始めた。私とあい子が後に付いた。

朝に比べ、足取りは随分しっかりしていた。そのことを言うと、

「チューブを入れて(腸液を抜き始めて)随分楽になった」と言った。

器材の補助を得ていることは私には不安である。一般的に起こりうることの範疇であることを私は願った。

病室に戻り、

「9日(あさって)の退院は無理やわね」と良子は言った。

「そうだろうなあ。焦らずに我慢するしかないよ。我慢比べや。がんばってよね」

一昨日大阪で医師の姪から、「嘔吐はなかった?」と聞かれた。それは硬膜外麻酔に関してであった。「何もなかった」「そう、それは良かったねえ」ということであった。

帰宅して「入院中の診療計画」表を見ると、5日(おととい)の欄に、「硬膜外麻酔終了」「点滴終了」の文言がある。硬膜外麻酔はおとといまで続いていたのである。

硬膜外麻酔の副作用に吐き気のあることは知っていた。そのことと今回の良子の吐き気は、関係があるのであろうか。

「明日9時半頃に来る」と言って、私たちは病室を出た。

※本記事は、2019年3月刊行の書籍『良子という女』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。