11月3日(火)

オナラ

今日は晴れて昨日より気温も上がり、気持ちの良い秋日和であった。植木屋さんが入ってくれた。この植木屋さんともここに住むようになって以来のお付き合いである。30年以上になる。

我が家の敷地は個人住宅としては平均より広いと言えるが、横浜のこととて、裏側三分の一は傾斜地になっている。そこに先住者の植えた梅、柿、椿、蝋梅が、おそらく樹齢60年以上、見事な樹勢である。

それに加えて私たち夫婦が植えた苗木が30数年前には想像できなかったほど大きく育った。

傾斜地は、樹木にとっては絶好の場所のようである。日当たりは良いし水はけも良い。

柿、梅、スダチ、ほったらかしで肥料等は一切やらないのであるが、毎年毎年、凄い量の結実をする。梅とスダチは自分で収穫するが、柿は危なくて手を出せない。小鳥たちの餌である。ムクドリ、雀、最近ではメジロが、よく飛んでくる。それを窓ガラス越しに見ている。

お昼を挟んで私一人、夕刻はあい子と二人で良子を見舞った。

コオには週末に来なさいと言っておいた。

さすがに疲れているようであった。当たり前であろう。話はしたが、声は弱々しかった。

痛みについて聞くと、「重い痛みがする」と言った。

本当は激痛が発生しているのだろうが、それを鎮痛剤で抑えているのであろう。

私は家の椿の蕾のものを、良子好みの小さな花瓶に入れた。「きれいやねえ」と良子は言った。「あけぼの」と呼ばれる椿であると思う。暖房の効いた病室では、すぐに開いてしまうだろう。蕾が、開く直前を、良子は好む。

オナラは出た? と尋ねたら、首を振った。

オナラが、腸閉塞回避の証明になる。待ち遠しい。

11月4日(水)

オナラ(続)

今日はあい子は歯の治療があり遅くなるので、私一人が良子を見舞った。

昨日よりは随分元気になっていた。痛みも和らいだという。しかし咳をすると痛むという。

昼食から五分粥が始まったようである。

夕食が運ばれてきたが、五分粥というよりほとんど重湯に見えた。

ベッドの背を起こしてスプーンでそれをすすったが、一口ごとに頭を後ろに倒し、目を閉じて溜め息をついた。まだまだしんどそうである。全部を食べることができず、残して蓋をおいた。

オナラがまだ出ない、と言った。

「げっぷは出るのに」

今やそれが最大の関心事であった。

腸の活性化のために、動くこと(院内歩行)が勧められていた。

歩いたけど、ツライ、ということであった。

しかし良子は、こういうことは辛くてもやり遂げる女である。昔階段から落ちて手首を骨折したとき、そのリハビリの徹底に感服した。手首骨折の痕は完璧に消えた。

「入院中の診療計画」表によると、この日は、「肛門に入っているチューブを抜く」とある。

想像だが、腸管内と外気の圧力を同一にし内圧上昇による縫合箇所への影響をなくしているのであろう。肛門括約筋は閉じられず、ツーツーである。

「ならば音がしなくて当然ではないか」と私は言った。弁のない笛である。

昨夜差した一輪の「あけぼの」が、実に美しく、開いていた。

11月5日(木)

オナラ、出た。バンザイ!

今日は大阪への日帰り出張であった。

あい子に、お母さんのオナラが確認できたら、直ちに携帯へ、メールするように言っておいた。

≫2015/11/05 18:35
≫今朝オナラ出たってさ!!

≫2015/11/05 18:56
≫バンザイ

※本記事は、2019年3月刊行の書籍『良子という女』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。