三の巻 龍神伝説の始まり

幸姫の何気ない仕草に紫龍は一瞬で心を奪われた。

「そなたは魂の憑代を失った。あそこに横たえている屍が朽ち果ててしまう様を見るにしのびない」

紫龍は屍に息を吹きかけると、幸姫の血まみれの身体はその場から消えていった。

「あっ」

「そなたの魂は余が貰い受けようぞ!」

「私は保些殿の妻で御座います。たとえ死しても夫以外の殿方に魂を委ねる事など出来ませぬ」

「そなたは夫の元から去る為に死を選んだ。余は阿修の者共からそなたの里を守ろう! そなたの魂は余の身体を憑代とすれば良い」

幸姫が持っていた珠の光が一層輝き出し、幸姫の魂はその光の中へ溶け込んだ。

紫龍は空に向かって駆け昇ると、穴の縁で幸姫の髪の毛の束を手に持って泣いている保些の姿があった。

紫龍は息を吹いて保些の手から髪の毛の束を消し去ると、驚いた保些は突然目の前に居る龍を見て腰を抜かした。

「り、龍神だ~。龍神(たつ)(もり)の里を守護するという龍神は本当に居た~」

紫龍は保些に向かってシャ~と吠えると、空高く駆け昇って行った。一方、清姫は神殿の祭壇の中に在る人ひとりやっと通れる洞窟をたどって、奥深く入って行った。やがて広い場所にたどり着くと、そこには小さな祠があった。

「龍神様の御座所!」

清姫は懐から鏡を取り出して、そっと祠に納め、

「今まで里をお守り下さいまして有難うございました」

と傅き、そっと手を合わせたその時、鏡が白く光り輝いた。

「ああっ」

清姫が驚くや否や、丸い鏡は形を変え、まるで何かの鱗の形になった。そして今度は金色に輝き出し、その眩さに清姫は手で顔を覆った。暫くすると光が消え、清姫の前に一人の若者が立っていた。清姫は驚いて逃げ出そうとすると、若者は清姫の手を優しく摑み、清姫を手元に引き寄せた。