第一部

いつも家庭内にいて、二人の振る舞いはよく見て知っている。民は、忠左衛門を「兄(あに)さん、兄さん」と親しみを込めて呼び、彼もそんな時には笑顔で答えている。

「二人の関係は悪くない。多分、忠さんも応じてくれるんじゃないか」

佐治衛門は淡い期待を持った。とは言え、菊が急逝してその悲しみが大きく、頭の中では考えていても、すぐには切り出せない。しかし、このままにしておくと、忠左衛門はほんとうに実家に帰ってしまう。

早く切り出しておかなければと、取り合へず、この考えを忠左衛門に打ち明けたのであった。彼は、最初、意外な提案に戸惑った。

「民ちゃんなら別に悪くないが、妻が亡くなってすぐに再婚とは……、しかも、同じ家の妹と再婚なんて…、世間がなんと噂するじゃろうか」

彼は一旦断った。その時には「自分が家を出れば、民さんが新しい男と結婚できる」という思いがあったからである。しかし、その後冷静になって考えてみると、「いまさら、実家に帰っても、親兄弟はいい顔はしてくれんじゃろな。それに、民さんならよく気心が知れている。悪い話ではないんじゃないか」という思いが頭をもたげてきた。

いまよりずっと短命な時代、若くして亡くなることも多い中で、世間一般でもこのようなケースは少なからずあったのだ。その上に家意識が旺盛だったから、家系を絶やさないことにみんな神経を使った。だから、男が姉か妹、反対に女が兄や弟と再婚することは、いまより違和感もなかったということであろう。

一方の佐治衛門と半は、「せっかく家業をまじめによく覚えてくれているのに、もったいない話だ。もし、民といっしょになるのが嫌なら、それでもよい。養子のままで何とか家に残ってほしい」という気持ちが強い。

こうなれば、話がまとまるのも早い。取り合へず、菊のこともある手前、すぐにではなく、一定期間置いてから祝言をあげようということで決まり、忠左衛門は、そのまま家に残り、佐治衛門の手伝いに精を出すことになったのであった。

※本記事は、2019年8月刊行の書籍『高梁川』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。