5 脊髄性筋萎縮症とは?

ここで、簡単に脊髄性筋萎縮症という病気について説明をしようと思います。一般の読者のためにわかりやすく記載しているつもりですのでお付き合いください。

脊髄性筋萎縮症は、SMNというたんぱく質がないことによって発症します。

普通の人は、SMNをつくる遺伝子(SMN1)を2本持っています。しかし、SMN1遺伝子が1本しかない人がたまにいます。ただ、1本しかなくても健康で、病気は発症しません。

これらのSMN1が1本しかない人を脊髄性筋萎縮症の「キャリア」と言います。脊髄性筋萎縮症の原因となりうる遺伝子を持ってはいるけど、その人は発症していないという意味です。

もし脊髄性筋萎縮症のキャリアの人同士が出会って結婚すると、生まれてくる子どもには3つの可能性があります。脊髄性筋萎縮症を発症する場合と、キャリアになる場合と、遺伝子異常を持たない場合の3つです。

ヒトの細胞の染色体は46本で、精子と卵子にはそれぞれ半分の23本の染色体があります。父の精子と母の卵子が核で合体し46本の染色体がそれぞれ2本ずつの組になって、全部で23組の染色体となり赤ちゃんが生まれます。

このように1組の染色体のうち、1本はお母さんから、1本はお父さんから受け継ぎます。

そのため脊髄性筋萎縮症のキャリアの人が結婚した場合、お母さんもお父さんも1本はSMN1を持つ染色体がありますが、もう一つの染色体はSMN1がありません。

精子や卵子がどちらの染色体になるかは完全にランダムで、50%の確率です。したがって、25%の確率で脊髄性筋萎縮症を発症するお子さんが、50%の確率でキャリアになるお子さんが、残りの25%の確率で遺伝子異常を持たないお子さんが生まれます。

実は、かけるくんには4歳年上のお姉さんがいて、やはり同じ病気が疑われていました。後日、お姉さんも遺伝子検査をして脊髄性筋萎縮症と診断されています。

疫学研究の結果によると、ある人が脊髄性筋萎縮症のキャリアである確率は1%ですので、さらにその人が脊髄性筋萎縮症のキャリアの人と結婚する確率が1%です。

二人ともキャリアであるカップルから、一人目のお子さんが脊髄性筋萎縮症である確率が25%、二人目のお子さんが脊髄性筋萎縮症である確率が同じく25%です。

そこで姉も弟も脊髄性筋萎縮症のお子さんが生まれるという確率を計算すると、1%×1%×25%×25%で、16万人に一人(!)という非常に稀な確率なのです。

SMNたんぱく質がないとなぜ脊髄性筋萎縮症を発症するのでしょうか? ヒトが右手を動かそうと思うと、まず大脳で「右手を動かす」と考えます。

次にその電気信号が脊髄(背骨のなかに入っている神経)を伝って、右手の接続部分に行きます。ここで、運動神経に乗り換えて筋肉まで電気信号が伝わることによって筋肉が動きます。

脊髄性筋萎縮症では、脊髄から運動神経に乗り換えるところにあたる「前角細胞」が死滅してしまうことが病気の原因です。大脳からの電気信号が筋肉に伝わらないので、手足を動かすことができなくなってしまうのです。

重要なことは、電気信号を伝える経路の途中にだけ問題があり、大脳は正常なことです。大脳も筋肉も正常なのですが、脊髄前角が悪いために筋肉に信号が届きません。

1890年代にグイド・ウェルドニッヒとヨハン・ホフマンという二人の医師が、進行性に筋肉が萎縮する病気を報告しました。これが脊髄性筋萎縮症の最初の報告です。

脊髄性筋萎縮症は、重症の1型、中等症の2型、軽症の3型に分類されます。最初の報告にちなんで、重症の1型はウェルドニッヒ・ホフマン病と呼ばれてきました。

脊髄性筋萎縮症の患者さんのなかで、生後6か月までに症状が出現すると1型と分類されます。同じく、中等症の2型はデュボビッツ病と呼ばれ、生後1歳半までに症状が出現します。軽症の3型はクーゲルベルグ・ウェランダー病と呼ばれ、生後1歳半から20歳ごろまでに症状が出現します。

最近では20歳以降に発症する成人発症型(4型)もあることがわかっています。1995年にSMN遺伝子が発見され、脊髄性筋萎縮症の原因であることがわかりました。

しかし、病気の原因はわかったのですが、長年、治療法がありませんでした。かけるくんは1998年生まれなので、ちょうどSMN遺伝子が見つかった時期に生まれています。

リハビリで、「どうせこういう子は良くならないよ」と言われたこの時期は、確かに治療法がありませんでした。このころは、たとえ遺伝子検査で脊髄性筋萎縮症と診断されても、治療を受けることはかなわなかった時代だったのです。