レーガン‒ブッシュが冷戦に完璧に勝利したため、国家安全を危難にさらすことなく、防衛費を大幅に削減することが可能であった。この冷戦後の防衛費削減が債務の対GDP比率に与えた影響は第二次世界大戦後の時と変わらず、債務比率は低下した。増税と防衛費削減の組み合わせは、連銀議長アラン・グリーンスパンによる金融政策と相まって債務比率に奇跡をもたらした。

債務比率はクリントンの時代に安定的に低下し、クリントンの第2期の終わりには危険な限界値60パーセントを充分下回る56.4パーセントまで低下した。政治的対立と大統領弾劾があったにもかかわらず、クリントンの個人的人気は高いままだった。彼はアメリカの歴史で平和時における最も長期の景気拡大があった時期の大統領だった。

クリントンが退任する時には、1969年以来初めて収支予算上、剰余を計上した。ブッシュ41代とビル・クリントンは共に、ロナルド・レーガンが仕掛けた野獣を飢えさせると言う罠に捕らわれてしまった。二人とも結果的に増税に走り、政治的対価を支払わされた。ブッシュは1992年の再選挙に敗れ、クリントンは1994年の選挙で下院の過半数を失った。

それでも彼らの政策は債務比率を管理可能な水準に引き下げた。この維持可能な債務の対GDP比率への進展は、2001年1月のブッシュ43代の就任と9.11攻撃により突如終わりを告げる。ジョージ・W・ブッシュが大統領に就任し、8カ月も経たずしてアメリカは再び戦争状態になった。これは冷戦ではなく、火花が飛び散る銃撃戦であったが、国家に対する戦争ではなかった。

ブッシュはテロに対する戦争に打ってでたのだ。当然ながらアメリカの債務の対GDP比率は独立戦争、南北戦争、第一次世界大戦、第二次世界大戦そして冷戦の時と同じように、再び上昇を始めた。それまでとの違いは、増加が高い水準からスタートしたことだった。冷戦の勝利のつけは、まだテロとの戦争が起こった時には支払が終わっていなかった。

※本記事は、2020年12月刊行の書籍『AFTERMATH』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。