福井藩医の娘が、藩の危機を回避すべく活躍する痛快時代小説
男子として育てられたお転婆な福井藩医の娘が、父の仇討ちと藩士の謀反制圧をともに果たす痛快時代小説。
江戸の藩主に謀反計画を伝えるため、追手とせめぎ合いつつ、険しい高山を越えていく主人公、百合。
百合を中心に、血気盛んな若い藩士たちが、長年培われてきたい親世代の英知と経験を学んで成長していくビルドゥングスロマン。
江戸の藩主に謀反計画を伝えるため、追手とせめぎ合いつつ、険しい高山を越えていく主人公、百合。男子として育てられたお転婆な福井藩医の娘が、父の仇討ちと藩士の謀反制圧をともに果たす佐々木祐子氏の痛快時代小説『遥かなる花』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、紹介します。
地図
春の日に
一つにはこの娘、大層よく食べ、よく寝、殆ど病気もせず、快活によく話し、ありとあらゆることを知りたがる、誠に憎めない子供であったからである。よく聡順は、百合が男の子であったならと思わずにはいられなかった。親のひいき目を抜きにしても、もし百合が男の子であったら、きっとひとかどの人物になるのではとの思いが、心のどこかにある。
「ほう、母であるそなたでさえ見放すか」
聡順は狼狽を隠すため、おどけてそんな言い方をした。しかし深雪はあくまでも真面目に言葉を選んでいる。
「いえ、決してそういうわけではありません。あの子もきちんと女子らしい格好をさせ、髪も結えば、それなりに愛らしくなるのですから。ただ、あの子に今女子としての所作や心得、家のことなどしつけましても、あまり身に付かないどころか、籠の中の小鳥のようにじれて、胸が破れてしまうのではないかと気がかりでなりませぬ。女の子も綾菜ぐらいの年にでもなりましたら、体も変わりますし心持ちも違ってまいります。それからでも遅くはないのではないかと……」
聡順は暫く深雪と共にじっと百合の動きを見つめていた。確かに百合の動きには聡順の目を引き付ける何かがあった。それが先ほど珍しく聡順の薬研の上の手を止めさせたのである。小さい時から聡順が手取り足取り仕込んだ聡太朗と違い、百合の剣術は見様見真似で一見めちゃくちゃなようだが、不思議に動きに切れがあり、無駄がない。勿論力量には圧倒的な差があるので、聡太朗も適当にあしらっているのだが、時々あしらっているだけではすまないような、たじたじとした動きが見られるのだ。
「分かった、少し考えてみよう」
聡順はそう言いながらまた苦笑した。
「それにしても、いったい誰に似たのやら……」
【登場人物】
小幡百合 小幡家の末娘。明るくて元気で知りたがり屋。物凄いお転婆。
小幡聡順 百合の父。富山藩の藩医。医学・本草学に造詣が深く、藩主も頼りにするほど。
小幡深雪 百合の母。聡順の妻。
小幡綾菜 百合の姉。体が弱いが美しく優しい。百合のよき理解者。
小幡聡太朗 百合の兄。小幡家の跡取り。
藤堂健之助 聡順の親友。剣道場徳明館の主。
藤堂健一郎 健之助の長男。綾菜の許嫁。
藤堂健吾 健之助の次男。聡太朗の親友。
藤堂静江 健之助の妻。
権爺 もと杣人足の頭。今は小幡家で薬園の世話をしている。
志乃 権爺の孫。
木村智則 小幡聡順の従兄。八尾で開業している医師。
木村智直 木村家の長男。小幡家で内弟子として研鑽に励んでいる。
佐々木高悦 小幡深雪の兄。加賀藩の御殿医。
佐々木高琳 高悦の長男。
井上陽堂 小幡家の内弟子。聡順の代脈を務める。
小池新之丞 藩の組頭小池新左衛門の長男。若い連中の集まりの首謀者。剣の使い手。
田口康成 新之丞の従弟。父は小池新左衛門の弟田口新之輔。
橘主膳 勘定方の河川改修の部署に務める。
橘膳次 橘主膳の次男。新之丞の仲間。
三宅慶三郎 藩の目付三宅慶衛門の三男。新之丞の仲間。
佐藤栄二郎 藩の奉行佐藤栄蔵の次男。新之丞の仲間。
うめ 小幡家の女中。
佐枝 小幡家の女中。
とよ 小幡家の女中。
良吉 小幡家の下男。
左平 立山堂の板橋支店の支配人。