福井藩医の娘が、藩の危機を回避すべく活躍する痛快時代小説
男子として育てられたお転婆な福井藩医の娘が、父の仇討ちと藩士の謀反制圧をともに果たす痛快時代小説。
江戸の藩主に謀反計画を伝えるため、追手とせめぎ合いつつ、険しい高山を越えていく主人公、百合。
百合を中心に、血気盛んな若い藩士たちが、長年培われてきたい親世代の英知と経験を学んで成長していくビルドゥングスロマン。
江戸藩主に謀反の計画を伝えるため、追手とせめぎ合いつつ、険しい高山を越えていくお転婆な福井藩医の娘、百合。男子として育てられた彼女は、父の仇討ちと藩士の謀反制圧を果たすことができるのか…。佐々木祐子氏の痛快時代小説『遥かなる花』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、紹介します。
地図
六 綾菜の思い
百合は家の中に入ると、渡り廊下を歩いて行き、姉の寝ている離れの部屋にそっと近づいた。障子の影から覗いてみると姉はしんと仰向けに寝ていたが、目は開けていた。
百合はそっと廊下から姉に話しかけた。
「姉上、お加減はいかがですか」
「まあ百合、来てくれたのね、嬉しいわ」
百合は部屋の中に入ろうとしたが、姉が急いで止めた。
「百合、部屋に入ってきてはいけません。この病気は移るかもしれませんから」
百合は慌てて足を止めた。
「姉上、昨日よりは大分顔色が良くなられましたね」
「今日はかなり気分が良いです。昨日はとても驚いてしまいましたが」
「父上のお薬はとても良く効きますから、きっとすぐ良くなられます」
「そうですね」
「健一郎さんがとてもご心配されているそうです。早く良くなって下さい」
「……今日父上にお願いして、健一郎さんとの婚約を取り消してもらうように、お頼みしました。ですからもうご心配にならなくても良いのです」
「姉上」
「この病気はたとえ良くなるにしても、とても時間がかかります。それでは健一郎さんにご迷惑をおかけしてしまいますから」
「姉上、健一郎さんのお気持ちはそのようなことではないです」
「分かっています。でもそれでは私の気持ちがすまないのです。今きっぱりお別れしてしまえば、健一郎さんも暫くしたらお気持ちは変わります。忘れることも出来ます。いつまでも良くなるかならないかとはらはらしながら待っているよりは、ずっと良いです」
気が付くと、姉ははらはらと涙をこぼしているのであった。百合は何も言えず、ただただ悲しかった。部屋の中に入ろうとして、またしても姉に止められた。
【登場人物】
小幡百合 小幡家の末娘。明るくて元気で知りたがり屋。物凄いお転婆。
小幡聡順 百合の父。富山藩の藩医。医学・本草学に造詣が深く、藩主も頼りにするほど。
小幡深雪 百合の母。聡順の妻。
小幡綾菜 百合の姉。体が弱いが美しく優しい。百合のよき理解者。
小幡聡太朗 百合の兄。小幡家の跡取り。
藤堂健之助 聡順の親友。剣道場徳明館の主。
藤堂健一郎 健之助の長男。綾菜の許嫁。
藤堂健吾 健之助の次男。聡太朗の親友。
藤堂静江 健之助の妻。
権爺 もと杣人足の頭。今は小幡家で薬園の世話をしている。
志乃 権爺の孫。
木村智則 小幡聡順の従兄。八尾で開業している医師。
木村智直 木村家の長男。小幡家で内弟子として研鑽に励んでいる。
佐々木高悦 小幡深雪の兄。加賀藩の御殿医。
佐々木高琳 高悦の長男。
井上陽堂 小幡家の内弟子。聡順の代脈を務める。
小池新之丞 藩の組頭小池新左衛門の長男。若い連中の集まりの首謀者。剣の使い手。
田口康成 新之丞の従弟。父は小池新左衛門の弟田口新之輔。
橘主膳 勘定方の河川改修の部署に務める。
橘膳次 橘主膳の次男。新之丞の仲間。
三宅慶三郎 藩の目付三宅慶衛門の三男。新之丞の仲間。
佐藤栄二郎 藩の奉行佐藤栄蔵の次男。新之丞の仲間。
うめ 小幡家の女中。
佐枝 小幡家の女中。
とよ 小幡家の女中。
良吉 小幡家の下男。
左平 立山堂の板橋支店の支配人。