第二章 がん細胞との会話

抗がん剤治療を決意

治療法について悩んでいるとき、多くの人から「抗がん剤は止めた方がいい」と言われました。会社でも大腸がんと喉頭がんにかかった人が、私のかかりつけの国立病院で抗がん剤治療を受けた後、亡くなっていました。

さまざまなケースがあるとは思いますが、周囲の抗がん剤治療の経験者によれば、もう受けるくらいなら死んだほうがましだと思うほど、副作用に苦しんだというのです。ある程度抗がん剤を打って、もうどうにもならないことになって、好きなようにしてくださいと言われたら、緩和ケアが始まるのがおおよその治療の流れだとも聞いていました。

そんな中で息子が必死になっていろいろな治療法を調べてくれ、当時聞き慣れない新薬の「オプジーボ」と「ヤーボイ」、「NK細胞治療」などがあることを知りました。それらには保険の適用がない自由診療も含まれてましたが、共通して免疫力を高める働きがあるということでした。

オプジーボという名前を初めて聞いたとき、その響きの可愛さと心地よさに、私はどんな薬だかわからないうちから、「ああ、これだ!」と閃きのようなものを感じました。オプジーボは、すでに肺がん(切除不能な進行・再発の非小細胞肺がん)への保険適用が決まっていました。

それでかかりつけの病院で頼んだのです。

「抗がん剤とオプジーボを一緒にやってください」

しかしながら医師からは、

「お断りします。他の病院へ行ってください」

と退けられました。

その時点では少なくともこの病院の呼吸器科で、オプジーボを使用した事例はなく、新薬の採用に対してはまだ様子見の段階のようでした。

最終的に自分の決断で、徒歩圏内にあるというアクセスの良さを優先し、かかりつけだったその国立病院で治療を受けることにしました。それは抗がん剤による化学療法を受けることを意味しました。

「抗がん剤ってヒドイっていうけど、どんなにヒドイんだろう?」

「とりあえず受けてみて自分が経験しないことには人に伝えられないから、やってみよう」

またどういうタイミングで緩和ケアに移行するのか、知りたいと思いました。そのときから、はっきりとした意思があったわけではないですが、自分の経験を通してがん治療に還元できることはないだろうかと感じ始めていました。

抗がん剤も

自分が経験してみなければ、

人に伝えられない

と思った。

※本記事は、2019年8月刊行の書籍『がんでは死なない 余命3カ月から生還する心構え』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。