第二章 破 絶歌

進化論の行き着く先

ところで、生来罪責感が並外れて希薄だったとしても、殺人衝動への抑止力はどこかで働いてしまうものではないでしょうか。その安全弁を木端微塵に粉砕したのが、例の『わが闘争』です。

少年Aは中学生にして『わが闘争』から殺人措定の原理を発見し、理論武装の手引書として解読してしまったのです。不条理な感覚世界への逃亡マニュアル書として応用したのです。テレビで見たヒットラーの生い立ちや人生観に共鳴し、その思想に感化され、母親に買ってくれとせがんだとのことです。角川文庫の『わが闘争』上下巻がそれです。

かつて「老人は死んでください国のため」という、国の施策を皮肉った川柳が物議をかもしたことがありました。文字通りその思想を先取りし、悪用し、政治的に援用したのが、ナチス・ドイツが実施した「ユダヤ人は死んでください国のため」という、ホロコーストです。

場合によっては同国人でも医学的に劣性遺伝子ありと判定されたなら、「ドイツ人でも死んでください国のため」の故に、十万人を下らない同胞さえ始末したのです。対立する側の粛清が目的だったのですが、どのような理由があろうとも、どこまで行っても進化論とはフラクタルな「死」を要求せずにはおれないのです。

ヒットラーは不適者必滅を社会改革のための闘争原理として措定し、独裁政治に応用したのです。弱肉強食を自然淘汰という科学用語に置き換えたのです。

ヒットラーが夢見るナチス・ドイツ帝国建設のために、ユダヤ人の絶滅を計りました。更には、ヒットラーの目に不用と映る同胞さえ、「物」として処分したのです。

国家社会主義の悪名高き申し子、アドルフ・ヒットラーについての論文は枚挙にいとまがありません。その多くがヒットラーは進化論の確信犯であったと指摘します。例えばアーサー・キース卿も『進化論と倫理学』という著書の中で、ヒットラーのユダヤ人に対するホロコーストはダーウィンの闘争原理である適者生存と不適者必滅、つまり弱肉強食の論理といかに首尾一貫していたかを説明するのです。

曰く「進化論的モノサシと種族の道徳を偉大な近代国家の出来事に精力的に当てはめている例を見るためには、一九四二年のドイツに戻らなければならない。ヒットラーは、進化論が国家の政策のための唯一の真の基盤であると心から信じていたことがわかる。

彼の、民族や人々の運命を安全にするために採用した方法が組織的な虐殺であった。この虐殺は、ヨーロッパ全域を血で満たした。このような行為は、道徳のどのような規準で見ても非常に非道徳的である。しかし、それはまた進化論の道徳とは矛盾しないのであり、ナチス・ドイツは進化論の体系である剝きだしの残忍性を単に世界に向かって証明しただけなのである」。

※本記事は、2019年7月刊行の書籍『西洋キリスト教という「宗教」の終焉』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。