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第六章 踊る大紐育

次の場面はテイラーの事務所に移り、田舎から出てきたパウエルがテイラーとの面会を希望する。ここで「いびき研究家」の初老の男(ロバート・ウィルドハック)が、居合わせたジャック・ベニーに様々なタイプのいびきを実演して見せる。芸としては面白いが、ストーリーの進展を完全に邪魔しており、映画のテンポを落としている。

当時評判になっている芸を観客に見せることはその頃のミュージカル映画では珍しくない。唯一の映像メディアであった映画が、現在のテレビやインターネットのような情報メディアとしての役割も担っていたと言えるが、作品としての流れからすれば無駄なシーンである。

パウエルはアパートの屋上で踊っているバディ・イプセン、ベルマ・イプセンの兄妹と出会い、一緒に踊る。親しくなる過程を見せるという役割はあるが、パウエルや兄妹の芸を見せるという意味合いの方が強く、物語を進展させるほどの力はない。テイラーのオーディションを受けたパウエルは彼と旧交を温め、舞台での活躍を夢見る。

彼女の空想の場面になり、舞台上で“ユー・アー・マイ・ラッキー・スター”にのせてクラシックバレエ風に踊る。バズビー・バークレイ様式の俯瞰からのショットもあり、白黒のコントラストを上手く使った豪華な雰囲気のセットもありと手の込んだ演出、振付けだが、これもストーリーとは無関係で、あくまでプロダクションナンバーとして独立したものである。リハーサルの一場面として歌い踊られるナンバー“日曜日の午後”。これもイプセン兄妹の歌と踊りを見せるための目的でしかない。舞台やリハーサルの場面としてどんなナンバーでも挟み込めることは、バックステージ物の利点であるが同時に欠点でもある。

同じくリハーサルの場面で、フランス人女優のふりをして主役をつかんだパウエルがタップを見せるが、これもストーリーの流れに沿ってはいても、ほとんど彼女のタップのうまさを見せる目的でしかない。余計な話だが、エレノア・パウエルはこの場面のように濃いめの化粧で派手に作った方が魅力的に見える。

最後はパーティーの場面。ジャック・ベニーに脅されフランス人女優のふりが出来なくなったパウエルが一計を案じ、ベニーと一緒に元のアイリーンとして登場する。

ところがどういうわけかパーティー会場は一転してショーを演じる場となる。これまで登場した主なエンターテイナー達が“ブロードウェイ・リズム”のメロディーにのせて歌やダンスを繰り広げ、最後はエレノア・パウエルのタップで締める。物語としてはよくわからないのだが、それぞれの歌やダンスが素晴らしいので楽しめてしまい、まあ良いかと観客に思わせて映画は終わる。