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「楽なように」をかなえる

Dさんは二つの大きな教訓を残してくれたと思います。その一つは「楽なように」することの重要性です。つらいことが存在するとき、人はそれに囚われてしまいます。

つらいことを完全に消し去ることができなくとも、何とかそれを緩和することができれば、自然と次にやりたいことが出てくるはずです。鎮痛薬で身体的な痛みや倦怠感を緩和し、傍らに寄り添うことで心理面のつらさを緩和できれば、今回のように、何かしらの欲求が生まれてくることをDさんは教えてくれました。

サポートするわれわれが望みを捨ててしまっては、まったく八方塞がりな状態になってしまいます。たとえ本人にわかってもらえなくても、とことん前向きに寄り添っていくことが必要であると思います。

死生学で有名なA・デーケン氏はユーモアとは「にもかかわらず笑うこと」といつも説明されますが、つらくともどこかにささやかな希望を見出し微笑むこと、このユーモアの精神こそ、サポートする側に必要とされるものであると感じます。確かにサポートを実践するには大きなエネルギーが必要ですが、今回のように、にもかかわらず諦めなければエネルギーをもらえる場合もあるかと思います。

「今」を大切にする

さらにもう一つDさんから学んだことは、タイミングの大切さと時間に対する考え方です。このケースで最も賞賛すべきは、Dさんの「餃子を作るための買い物に行きたい」という言葉をとらえて離さなかったスタッフの感性と即座に行動した行動力です。

自分たちの都合を優先し、「そんなこと無理だよね」で片付けてしまえば、もうそれで終わりです。「じゃあ土曜日か日曜日に時間ができれば買い物に行きましょうね……」でもダメで、大切な言葉を聞いた「今」が重要だと思います。

Dさんのようなターミナル状態の患者にとって残された時間は短いのです。これは一見当たり前のように聞こえますが、私たちは本当にそのことに思い至っているでしょうか? ターミナル患者に比べれば、そのサポートにあたるスタッフたちの持ち時間は長いかもしれません。

しかし、極論すれば、自分に残された時間が「有限」であることは患者さんたちと何ら変わりはないのです。

その事実を深く考え、自分よりさらに短い時間しか生を所有できない、目の前で苦しんでいる人にどう接するべきなのか……。

これは重要な問題で、他人事で済ませることはできないと思います。生命が有限であることは皆が平等に背負っていることなのですから。