⑤ Eさん 七三歳 Eさんの一番長い夜 繰り返し迫られる選択

当院の「在宅療養なんでも相談室」から私に、患者さんの紹介がありました。Eさんは七三歳、病名は筋萎縮性側索硬化症(ALS)です。この病名を聞いてまず頭に浮かんだのは、「今後長いお付き合いになるな……」ということでした。

当院では現在も数人のALS患者さんとかかわっていますが、多くの人々は数年越しの長期のかかわりになっています。この病気のやっかいな点は、徐々にしかも確実に症状が悪化し、最後にはまったく体を動かすことができなくなり、生命維持に必要な食物の飲み込み(嚥下えんげ)も、生命の証しである呼吸さえもできなくなってしまうことです。

嚥下の障害には胃瘻いろうなどの人工的水分・栄養補給法があり、呼吸不全には人工呼吸器という手段がありますが、患者さんは、症状の進行に伴ってそれらを実施するか否かのつらい選択を、そのつど迫られることになります。

これは想像以上につらいことだと考えられます。それらを実施しなければ確実に「死」がやって来ます。一方実施すれば、愛する家族に過大な介護負担を課すことになります。それが一生続くのです。

がん末期の患者さんのように終点が見えることもなく、家族と共に暗く、長い、出口のないトンネルに閉じ込められてしまうのです。

Eさんの場合もほかのALS患者さん同様、今後変更はいつでも可能であるという条件付きで、「胃瘻を造設するか否か」「人工呼吸器を装着するか否か」を、初診の時点での希望として伺いました。

その回答は、「意識がある間はどちらも実施したい」というものでした。

それを聞いたとき、私は若干の不安を感じました。ALSは直接的には意識に影響しません。この病気は意識や知覚はまったく正常なまま、体の運動のみが選択的に不可能となり、自分の体の中に自分自身が閉じ込められてしまうような厳しい病気だからです。