山梨に移って日が浅いこともあり、日曜日になると聡子の他に友達や知人がよく訪ねてくれ、そのときにこの覚えたての歌を大声で歌った。

「やあ声が出るね、驚いたよ。これだけでかい声が出るとは思わなかった」

また別の友は、

「お前こんなにうまかったっけ」

などと、やや世辞を含んだ励ましの言葉をくれた。彼らの気持ちに応えるためにも、もっともっと手足の訓練をして回復させねばと思わされた。

理学療法では関節の拘縮予防のための膝の曲げ伸ばし、手は肩関節の可動域を広げるための訓練や、手首に砂袋や鉄アレイを付けた筋力トレーニングを中心に日曜日を除くほぼ毎日行った。作業療法では指の関節が固くならないためのマッサージや、手に鉛筆や色鉛筆を伸縮性バンドで巻いての書字や描画の訓練が主だった。フォークやスプーンを改良して食事が一人で摂れるような補装具も作ってくれたりした。担当の理学療法士や作業療法士の人たちを含め、スタッフの誰もが誠心誠意接してくれているのがいつも伝わっていた。

その都度この人たちのためにもなんとかしなければと夢中で訓練時間を過ごした。

「伊庭さん、飛ばしすぎだよ。もっとゆっくりやっていいから」

そう声をかけられるときもあったが、一刻も早く少しでも回復したいと夢中で手に巻いた砂袋のロープを引っ張った。

十月、工藤と山口が来てくれた。岩手と岐阜の出身で入学時、合宿所の中ではクロスカントリーという同じ競技でもあり、最も気心の知れた仲だった。

「だいぶ顔色良くなったな」

と工藤が言うと、

「腕も前より上がるようになっているんじゃないの」

山口も励ましてくれた。

二人とも浅黒く日焼けした顔と、がっしりとした筋肉質の体がすこし威圧的にも感じられた。さらに山口が、

「全然見舞いに来れなくて申し訳なかったけど、教育実習やら夏合宿とか、とにかくやることがありすぎてあっという間に一日が過ぎていくよ」

「毎日練習大変だろ、四年だから他の学年のことまで面倒見なければならんだろうし」

「そうだな一日十五キロ程度かな。俺は授業と練習だけでいいけど、工藤は主将としてアルペンやジャンプ陣のことまで考えないといけねーだろうから」

「来月半ば過ぎには北海道合宿だろ、最後の合宿だな」

「うん、雪の積もり具合にもよるけど十二月前には例年入っているからな。俺も工藤も試合が終わる来年三月までしばらく来れんな」

「大丈夫だよ、俺は俺で頑張るから」

「じっくり治してくれよ。それはそうと部の連中からカンパを預かってきた。少ないけど受け取ってくれって。早く元気になって下さいとも。山口や四年生の分も入っている」

「すまんな、これから合宿、試合、遠征と凄くかかるのに、みんなにお礼を言っておいてほしい」

「分かった」

一時間ほど話した。高校のときから続いている岩手の彼女や、朝練でソフトボールの球を追って相手とぶつかり、意識をなくして搬送された病院で仲良くなった女子大生と付き合っている山口のことで盛り上がった。男前の二人は青春の真っ只中を走っていた。羨ましかった。