第一章 小樽 人生の転機は突然に

「じゃあ、行ってくるよ」
「行ってらっしゃい、気を付けて」

少しばかりの笑みを浮かべてはいたが、声に力はなく寂しそうにさえ見えた。

「帰ってきたら映画にでも行こうか」
「はい」

もう一度別れ際に目にした聡子の顔が心なしかぼんやりとした表情に見てとれた。アパートの狭い階段を下りながら、そんな彼女を愛おしいと感じていた。

「急がないと遅れてしまうぞ」

ぶっきらぼうに言う越吉(よしごえ)の声とひんやりとした屋外の冷気で現実に戻され、小走りに上野駅に向かった。ほぼ十日分の衣類や洗面道具、お菓子と数冊の本などぎゅうぎゅうに詰め込んだキスリングが肩に食い込み、おまけに二メートル四十センチのジャンプ用スキーとクロスカントリー用スキー二本、ストック二本の入った袋を担いでの早足はこたえた。

ようやく駅の入り口に着いたところで

「何時の出発だっけ?」

吉越の口調は焦っていた。

「確か、十時四十分の十和田七号だと思ったけど」
「思ったけどじゃ駄目だよ、もう三十七分だぞ、早く早く……切符はどこにあるんだ」