二 日本文化と世界

15 神様の首脳会議

気が付けばもう十月。夏の余韻を引きずる九月を過ぎて、いよいよ秋だ。野にはすだく虫の音、山では木の葉が紅色や黄金色に色を変える。美しい紅葉を背景に、鬼女と武者が戦いを繰り広げる能『紅葉狩(もみじがり)』の舞台も秋の山だ。

秋は目だけでなく、味覚も楽しませてくれる。山では美味しいきのこが顔を出し、柿や栗がずっしりと実をつける。稲穂もお辞儀をするかのように頭を垂れる。新米がそろそろ穫れる頃だ。 

新米と、きのこや栗をいっしょに炊き込んだ季節のご飯は美味しい。旬の味覚に触れると、季節というのは上手くできているものだなぁとしみじみ考えてしまう。

新米を醸して造る新酒も忘れてはいけない。お酒ができたことを示す杉の葉の玉が、造り酒屋さんの前で涼しい秋の風に揺れる。真っ白な新米と澄んだ水で造る新酒は、格別の味だ。

お酒が好きなのは人間だけではない。「神無月」というのは十月の別名だ。全国的には「神無月」でも、出雲では「神在月」。国中から出雲に集まった神様たちが、首脳会議やサミットさながらの厳正なる会議の結果、次の年の人や国の行く末を決めるといわれている。

出雲は、はるか昔、「国譲り」の神話の舞台となった。悪賢い兄神たちや、剛胆な素戔嗚尊(すさのおのみこと)に負けず、試練を乗り越え国の王となった大国主命(おおくにぬしのみこと)。彼が天照大神(あまてらすおおかみ)の子孫に国を譲り、代わりに大きな宮殿を建てたのが出雲だといわれる。

古事記や日本書紀に登場する古代の神々は、天の上から地の底まで生き生きと動き回り、数千年後の今まで名前を残した。その神様たちに捧げられるのが「お神酒」。神聖なお酒だ。

実は、神無月は「醸成月(かみなんづき)」という言葉が元かもしれないという話もある。醸成月は「新米で新酒を醸す月」という意味だ。

十月は、一年の中で、春の芽吹きから始まって、秋の実りまでの自然の恵みを受け取る月といえるかもしれない。翌月の十一月は「霜月」。真っ白な霜が降りる、厳しい冬の前触れの月だ。

動物たちが野山で冬ごもりの準備をするように、人間も美味しい食べ物やお酒で、雪や北風に負けない力を自然から受け取り、蓄えるのだ。

※本記事は、2018年11月刊行の書籍『世を観よ』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。