二 日本文化と世界

14 伝える価値観

八月。別名葉月。刺すような日差しに青々とした緑の映える夏の盛りだ。

八月半ば、日本人にとってなじみ深い行事、お盆の季節。この時期に合わせて帰省する人は、てんやわんやの忙しさだ。駅や高速道路は、人の波でごった返す。

お盆の数日間は、日本人が一年の中で「見えないもの」を心に抱き、意識する数日間だといえよう。

お国に帰るとまず、仏壇を整え、お供え物を揃える。常には決して忘れているわけではないが、目に見えないご先祖様を迎え、もてなし、またあの世へとお送り申し上げる。お盆の根底には「命は途切れず、廻るものである」いう思いの丈がくっきりと残っている。

地域によってはお盆の最後、ご先祖様をお送りする日に、飾られた小さな舟を海や川へ流す。精霊流し。夏の夕暮れ、清く澄んだ水の上を、美しい舟や色とりどりのお供え物、灯籠が、遠く遠くへと流れていく。この美しい情景は、夏の風物詩といえるだろう。しかし、近頃は環境への心遣いのために行われないこともあるという。とても残念なことだ。

お盆は、もともと仏教の行事だ。現代に伝わる仏教は、大きく分けて、上座部仏教と呼ばれる小乗仏教と、大乗仏教の二種類。上座部仏教では、「修行をし、悟りを開いた僧侶だけが救われる」といわれる。伝わっているのはミャンマーやタイ、スリランカ。一方、日本で信じられているのは大乗仏教が多い。大乗仏教では、「寛容な教えの中で、たくさんの人が救われる」と言われる。

古より、我が国は外国から様々なものを柔軟に受け入れてきた。中には合わずに廃れていったものもあっただろう。

大乗仏教が人々の心に残り続けたのは、日本の風土にうまく溶け合ったからに他ならない。それは、修行した自分だけではなく、他者、周囲の人たちをも救うことができるからだ。その優しい性格が、日本人の心に深く根付いていったのではないか。

こうした行事に割かれる時間や手間が、次第に少なくなってしまうのは残念だ。精霊流しのように、行われなくなってしまう風習があるのも気がかりだ。

形がなくなってしまうのはまだいい。しかし、奥底にある優しい気遣いや、その心までが失われてしまうのは、現代の不幸と言わざるを得ない。利便的な科学の社会とはいえ、いかがなものだろうか……。

※本記事は、2018年11月刊行の書籍『世を観よ』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。