三 美味しい食の話

13 タコの頭も信仰から

人によっては「ひどく恐ろしげで不気味だ!」と思うものが世に存在する。あろうことか食べると美味しい。その名は『タコ』。

西洋人は悪魔の魚だと忌み嫌う。ユダヤ教やイスラム教、キリスト教の一部の宗派では、食べることが禁忌に触れるとさえ考えられている。ごもっともだ。あの見た目はふだん食べなれた海の魚とはまるで違う。

かつて私は不養生をし、慢性の膵臓炎になったことがある。ある方が大変心配して、「薬なんか飲むよりタコの頭を召し上がったほうがいいですよ」と言ってくださった。お寿司屋さんのカウンターにタコが並ぶ時、足だけではなく頭までついていることがある。「あ、これだ!」と私は思った。

タコの頭の握りなんて、まず聞いたことがない。頭をお刺身に切ってもらい、お酒のつまみにした。私の持病は、アルコールで悪くなるもので、そのために主治医の先生は一生懸命に、薬を選んでくださった。しかし、タコの頭が膵臓にいいという言葉が引っかかって離れないものだから、そのタコの頭をつまみに杯を進めた。

寿司屋の親父さん曰く、「お客さん、あなたは通だね。タコ頭は柔らかく、いい品だったらとても美味しいですよ」とのこと。西洋の膵臓の薬より、タコの頭の方が自然食として体にいいのではないか? だんだん思い入れが深くなってきた。

もっとも、出された薬は飲んでいたが、酒量が重なった時期、やはり心配になって検査を受けた。尊敬する名高い主治医の先生には「前とあまり変わらない」と言われた。そうだったのか。これはタコの頭、タコの頭のおかげ。

人は「イワシの頭も信仰から」というが、私の持病はタコの頭のおかげか、その信心のおかげか、それ以上病状が進むことはなかった。

八本ある「足」だと思っていた部分は「手」であったらしい。タコは私と違って大変な美食家だそうである。その手を使って伊勢エビを捕まえ、食べてしまう。

カニ、アワビ、お寿司屋さんのネタではないが、それを好むタコもいるとか。私はてっきりタコの頭だとばかり思い込んでいた部分、実は胴体なのだ。

タコは暑い時期が美味だといわれている。戒律に怯えることなく、この季節にタコがいただけるということは、美しい海洋国日本に住むものとして、幸せの限りだ。

※本記事は、2018年11月刊行の書籍『世を観よ』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。