二 日本文化と世界

11 自然と庭

文月の暑さは梅雨明けと共にやってきて、夏本番の到来を告げる。特に都心部でのコンクリートの照り返しには、気が滅入る。たとえ同じ気温でも、山間部なり農地なり、自然の中で風に吹かれ、水のながれる音を聞くだけで、涼しさを感じるのだ。

自然の中にも、ありのままの自然と、造られた自然というものがある。都市の中の庭園がそれだ。

東京でも高層ビルの狭間に緑豊かな庭園があり、道行く人たちの憩いの場となっている。もっとも「造られた自然」とはいっても、日本の庭園は、なぜだか、自然に寄り添うように造られている。

日本の庭園は古くより寺院や貴族の邸宅と密接にかかわってきた。広い池や苔のむす岩をたたえる広大な庭は、単に植物や木々を植えているだけでなく、宗教観や宇宙観をも表現している。

鎌倉時代から室町時代にかけて活躍した高僧、夢窓疎石(むそうそせき)は、室町将軍、足利尊氏に進言し、後醍醐天皇を弔う天龍寺を建立する。今や世界遺産にも指定されているが、当時の文化を目に見える形で残す、貴重な文化遺産だ。

今も残る庭の中には、龍安寺の“石庭”のように、石を用いて水を表現したものもあり、様々な意匠をこらした庭がたくさんある。ちなみに、龍安寺の石庭はかのエリザベス女王も来訪され、世界的に有名となるきっかけとなった。

能『東北』では、和泉式部が若かりし頃過ごした東北院の庭園の様子が謡われる。そこには池水を湛え、木には鳥が鳴き、人々が往来する……。そんな晴れやかな、ひとつの庭を描写している。

庭園をはじめ、茶の湯など今も日本に伝わる文化の多くは、室町時代に一般へ浸透したものだ。もちろん、能も。もっとも、これらの文化の多くは今や日本の若者よりも、外国の方々に親しまれているようだ。

欧州のいわゆるガーデニングは、花を美しく植え、人々を迎えてお茶の会などを催す。これもまた人々に受け継がれる、大切な文化ではないだろうか。人の心は、どこか自然と共に喜びを感じ、心地よさを感じるものなのだ……。

※本記事は、2018年11月刊行の書籍『世を観よ』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。