二 日本文化と世界

12 信仰のありがたさ

日増しに陽射しが強くなり、木々の緑も日に日に深まるようだ。そろそろ山開きを迎える山もあるそうで、きっと登山家でにぎわう事だろう。

日本では遥か昔より山を信仰の対象とし、畏怖の念を抱いてきた。食料や材木を得るため、山に入る事は生活をする上で欠く事のできないものであったし、また不幸にも災害に見舞われる事もあったであろう。そんな折に、人々は山に祈り、様々な信仰を重ねてきたのだ。その一つが、能でも登場する「天狗」たちだ。

そもそも天狗とは、古来中国で「天から来る異形のもの」の事を指していたらしい。ここでいう「異形のもの」とは彗星や隕石の事で、その形が犬(狗)に似ている事から「天狗」という訳だ。

日本では各地に天狗の伝説が伝わっている。その姿は多くが山伏の格好をしたものだ。修験道を経て山から下った山伏が、さぞかし天狗が里に下りてきたように見えたのであろう。

厳しい修行を耐え抜いた山伏は「生き神」として尊厳を集める。よく狂言で登場する山伏たちは少し滑稽な描かれ方をされているが彼らはさぞや不本意なのではないだろうか。

能で登場する天狗では、かの源義経に兵法の手ほどきをした「鞍馬天狗」、そして中国から日本へやってきて、仏教を屈服させんと目論む「善界坊」などがいる。いずれも大きな力をもった存在として描かれている。修験道は金峰山(きんぷせん)や出羽三山などが有名だが、都内の高尾山も古くは山伏修行の場であった。

今では行楽地としても人気だ。ケーブルカーやビアガーデンもあり、大人気の場所だ。山道には、いろいろな、美味しそうなお食事処が立ち並ぶ。日本の観光地といったら、お土産屋さんに人気があるのは当然だ。

今や、かの世界的に有名なガイドブックでも京都や富士山等と共に紹介されている。都庁や明治神宮と一緒に、その本には「星」の「マーク」がついているそうだ。かつての霊験あらたかな、厳しい修験の地が、このように世界に発信されている事はとても面白い限りだ。

これからの季節は、霊山の茂った森の中で、山へ登り汗を流した後のビールがさぞかしうまいであろう。

何と日本は幸せな国であろうか……。

※本記事は、2018年11月刊行の書籍『世を観よ』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。