「なるほど。そんな冗談がいえるということは、アインシュタイン博士同様、自信の表れだろう」

と、大尉も笑った。

「いえ、大尉殿だからいえる冗談です……不安の裏返しというか、つまり、心の弱さです。あ、いえ、アインシュタイン博士もそうだったというわけではありませんが」

「でも、科学者といえどもアインシュタイン博士も人間。神様ではないからな……しかし、諸葛孔明の神通力ではないが、『春秋の筆法』をもってすれば、『死せる芥川龍之介、世界を股にかける喜劇王チャップリンを暗殺せしむ』というわけだ。

とまあ、それも冗談だが、きみがそこまで時代的背景を計算しているのであれば、それも将に歴史的必然性、たとえ一命を落とすとも、チャップリンには、それもまた天の定めと迷わず成仏してもらうしかないようだな」

「ええ、その時は、いっても詮ないことですが、私が血も涙もない世紀のテロリストと世界中の人々から憎まれることが、チャップリンに対するせめてもの償いになり、一つの供養になればと思っています……とはいいましても、明智光秀はどんな人物だったか知りませんが、私はそれほど強い人間ではありませんので、いまだ、それが絶対の境地といえるほどには至っておりませんが……」

と今度は、田島は自嘲するように弱々しく微笑んだ。

「それはどういう意味かな……決行に、まだ何か迷いがあるということかな?」

と、山内大尉は訝しげに首をかしげた。

「いえ、決行に迷いはありません。ただ先程も、それが天命であるとか使命であるなどと、再三口にしましたが、天命というは、中国上古(じょうこ)の偉人や賢人や占い師たちが、『天漢(あまのがわ)』の、すなわち、星々の規則正しい運行にも、時に『天が革(あらた)まる』という変化が見られ、それが原因で起こると考えられていた天変地異もふくめ、万物は人知を超えた宇宙の神秘的な法則に支配されていると認識し、人間もまた、その法則から逃れることはできないという、大自然の営みを畏敬する理念に基づく、謙虚な言葉であると思うのですが、それを勝手に、チャップリンを暗殺することが、私に課せられた天命であるなどと考えること自体、傲岸(ごうがん)不遜であり、裏を返せば、それは己の行為を正当化しようとする狡さであり、心の弱さではないかと、これも今更ながらに痛感しているような次第です。

いえ、『天与取らざれば反(かえ)りてその咎(とが)を受く』という格言もありますし、先ほどもいいましたように、今はもう、そんな世迷言をいっている時ではないことは頭では分かっているのですが、『兵は凶器なり、審(つまび)らかに用いざるべからず』という訓えもあり、できることなら、この計画の是非を、もう一度あらためて考えてみたいような思いと、今これを断念したら生涯後悔するに違いないという思いが交錯していて、ラスコーリニコフではありませんが、最後の一線を目の前にして立ち竦んでいるような、我ながら女々しく、もどかしく思っているのが今の偽らざる境地です」

「なるほど、軍人といえども人の子だ。それも当然といえば当然の迷いかもしれないが、『順逆不二の法門』というし、己の心の命ずるままにすればいいのではないかな。ただしやるなら、唆(そそのか)すわけではないが、『断じて行えば鬼神も之を避く』というし、『成敗は決断にあり』ともいうから、迷いは禁物だと思うがな」

「ええ……『騎虎(きこ)の勢(いきおい)下るを得ず、これを勉めよ』ともいいますし おっしゃる通り決めたからには順逆不二の法門という仏法を信じ一意専心突き進むのみですね」

と、田島は心のわだかまりを吹っ切るかのようにいって、明るく笑った。

「そうだ。さっきもいったように、明智光秀も悩みぬいたすえに『秋(とき)はいま』と決断し、『断じて行えば』と本能寺へ馬首を廻らせたにちがいないと思うが、それが『人事を尽くして天命を俟つ』という、勝敗を超越した絶対の境地というものだろう。

新渡戸稲造博士の『武士道』でも、『何人にても絶対の洞察に達したる者は現世の事象を脱俗して《新しき天と新しき地》とに覚醒するのである』といっているが、何れにしろ、今夜きみが、この話をするために訪ねて来たということは、すでに『賽(さい)は投げられた』ということではないのかな」

「は……大尉殿をさしおいて独断専行することを重ねてお詫びいたします」

「いや、きみを責めているわけじゃない。また、その是非や結果はどうあれ、きみがそう決断するに至ったこと自体が、まさに時代の要請であり、歴史の必然性であるともいえるのだから、私には、もう何もいうことはない。

思えば、徳川家康やナポレオンの登場も、また明智光秀の謀反も、すべては時代の要請、すなわち歴史的必然性といってもいいと思うが、ブルータスのシーザーの暗殺も然りだが、古今東西、たった一人の人間の勇気ある一歩が、良くも悪くも歴史を変え、『新しき天と新しき地』を切り拓いたという例は枚挙にいとまがないし、またそれは、きみのいう通り、『我より古を作す』という気概をもって一歩踏み出さないかぎり、そうした偉業を為すことはできないからな。

とはいっても、ブルータスや明智光秀ばかりではなく、事が成るか成らぬかは、また別の話だがね。かの覇王項羽(こうう)の、『力(ちから)山を抜き気は世を蓋(おお)う時に利あらずして騅逝(すいゆ)かず』という例もあるし、如何に気力ともに充実していようと、かならずしも志が達成できるとはかぎらないからな。畢竟(ひっきょう)、何事も人事を尽くして天命を俟つというほかないかもしれないがね。

さらに、蛇足を承知で一言いわせてもらえば、これもきみのいう通り、チャップリンの一命を無駄にしないことが、彼に対するせめてもの償いであり、供養になるだろうというばかりだ。

また、彼も、彼自身のためにも、信長のように『是非に及ばず』と舞の舞える大悟の人であればと祈るばかりだ……さあてそうと決まれば、私も高処の見物という法はないし、喜んできみらと一命を共にしよう。

『武士道の日は既に数えられた様に思われる。その将来を示す不吉な兆候が空にある。兆候ばかりでなく強大な諸勢力が働いて之を脅かしつつある』という、これも『武士道』の一節だが、その先見の明が今やだれの目にも明らかで、とりわけ満州事変以後の、予断を許さない険悪な日米関係からも、まさに残された日時は既に数えられるといえるからな。

また、自ら『二十一回猛士(もうし)』と号した吉田松陰も、『河原の石となるべからず、むしろ玉となりて砕くべし』と知行合一を実践し、見事玉砕し、その範(はん)を示してくれているしな」

と、山内大尉も迷いが吹っ切れたように微笑み、椅子の背凭(せもた)れに身体をあずけた。

逆に、田島は身を乗りだし、これまでにない強い語気でいった。

「あ、いえ。大尉殿には、今ご自身もいわれましたように、チャップリンの一命を無駄にしないためにも、その後のことをお願いしたいのです」

「その後のこと?」

「ええ、さきほど申しましたように、国家改造の主体は国民であり、私たちはその魁として起爆剤をセットするだけですので。

しかしその後には、国民ばかりではなく、軍もすくなからず動揺し、様々な流言蜚語(りゅうげんひご)が飛び交うと思いますが、血気にはやる同志等が、ことに若い士候等がそれに惑わされ、軽挙妄動しないようご尽力していただきたいのです。それは村中くんにも頼んでおきましたが、彼一人では対処しきれないと思いますので」

「ということは、私の出る幕はないということかな?」

と大尉は、ちょっと驚いたように苦笑した。

「いえ、その逆で、血気にはやる同志等がその機に乗じて、また十月事件のような杜撰(ずさん)なクーデターを企てないともかぎりません。万が一そんなことになったら、前回は軍もさほど慌てず、国民にも一切知られることなく対処して事無きを得ましたが、今回は、憲兵隊も寝耳に水で、すくなからず混乱し動揺すると思いますし、国民もチャップリンどころではないでしょうから、どんな事態が生じるか予断はできませんので、大尉殿には、大所高所から『事の変』に当たっていただきたいのです……それに、この際ですので敢えて申し上げますが、私は、大尉殿こそ王安石になるべき人物だと思っております。

そのためには、明智光秀や津田三蔵の場合もそうであったように、事件に関わりない人々を巻き添えにし、多かれ少なかれ迷惑をかけるのは必定ですし、大尉殿も、たとえ一時的であれ検挙拘束されないとも限りませんので、大尉殿には、このチャップリンの件はむろん、今宵私が伺ったことも一切忘れていただきたいのです。

それでお目にかかるのも、これが最後になるかもしれませんので、今宵は、その後のことをお願いかたがた、お別れのご挨拶に伺った次第です……それに私は、未だ現世の事象を脱俗したなどという境地には到っていない未熟者ですし」

と田島は、そこで不意に口をつぐんだ。そして、思い出したようにコーヒーを手に取り、おもむろに口へはこんだ。大尉も、田島を訝しげに見つめながらコーヒーカップに手を伸ばした。

夜の闇に沈んだ広い営庭を隔てた兵舎の方では、一日を締めくくる日夕点呼(にっせきてんこ)の準備がはじまったようだった。地を這うように伝わってくる、その潮騒のような微かなざわめきには、時に号令するような甲高い号令もまじっていた。

「私が王安石というのは買い被りだが、きみが未熟者とは、どういう意味かな?」

と、大尉はコーヒーにはほんの一口つけただけで、田島を覗きこむように首をかしげた。

※本記事は、2019年4月刊行の書籍『泣いてチャップリン』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。