田島は、それにも笑顔で応えた。

「それは『単独行の加藤文太郎(ぶんたろう)』と異名をとる日本屈指の登山家で、これも何かの縁かもしれないが神戸在住の人だ。絶望視されていたんだが、彼は自力で無事下山してきたんだ。天候の急変でコースを見失ったということだが、むかし、といっても、私たち軍人にとっては忘れてはならない、例の青森第五連隊の『八甲田山の遭難』では、中隊長の神成(かんなり)大尉が、猛吹雪に視界を閉ざされた夜空を見上げて、『天は我等を見放したか』と叫んだともいわれているが、真冬の北アルプスでは、そのときに勝るとも劣らない過酷な情況だったと思う。

しかし、天は、加藤文太郎を見放さなかった……ということは、もし、私たちの決起が真に天意であり、天命であるなら、その前に私が遭難することはありえないはずだ。だが、もし遭難したとすれば、国家改造が自分の使命であるとか天命などと思っていた私は、思い上がった身の程知らずの大馬鹿者にすぎなかったというわけだ。

つまり、私には、国家改造を語る資格もなかったというわけで、遭難、また何をかいわん哉(や)だ。それでは、私など生きるに値しないといわれたも同然だし、ここはその資格の有りや無しやを、またそれが天命であるか否かを確かめるという意味でも、それが最後の審判だと思って、やはり山へ行ってみることにするよ。

それに何を今更と嗤われるかもしれないが、いまだ完璧に整理できているとはいえない私自身の気持ちを、いや、むろん決行の決意には微塵のゆるぎもないのだが、それ以外の私情や、諸々の雑念も、山へ行くことによって払拭し、心おきなく事に臨むことができるような気がするんだ」

すかさず、三上がまたも膝をピシャリと叩いた。

「むん! つまり一種の禊(みそぎ)というわけだな。いや、じつをいうと吾輩も、『志士は溝壑(こうがく)に在るを忘れず』と、命を惜しむ気はさらさらないのだが、正直いって、胸の底に、何か今一つフン切りがつかないというか、いくら呑んでもスカッと気持ちよく酔えないような歯痒さがないでもなかったのだ。だが、きみの話を聞いてスッキリとした。そういうことなら、山登り大いに結構!

そしてきみが無事下山してくれば、吾輩もまた心おきなく事に臨めるというものだ。だが万が一にもきみが遭難したら、その時は吾輩も犬死覚悟できみの弔い合戦をしよう。

『徒(いたずら)に百歳生けらんは恨むべき日月なり、悲しむべき形骸なり』というし、『竹林の七賢』のリーダー格の、阮籍(げんせき)の『詠懐詩』にも、『難に臨みて生を顧みず、身は死して魂は飛揚(ひよう)す。豈軀(あにみ)を全(まっと)うする士とは為らんや。命を争戦(そうせん)の場に効(いた)す』とあるからな。

それに、『開けゴマ』で『天(あま)の岩戸』が開けば苦労はないからな。今の世にはびこる口舌の徒同様、座して維新だ改革だと、そんなお題目や呪文を唱えているだけでは何も変わらないからな。たとえ犬死であろうと、『一犬形に吠ゆれば万犬声に吠ゆ』という、それもまた一つの真理でもあるし、犬死もまた、何をかいわん哉(や)だ」

「まったくその通りです。吉田松陰も囚(とら)われの身となり、無残な殺され方をしましたが、その魂はまさに飛揚し、松陰自身も、望んでいたとおり維新の『種籾(たねもみ)』となりました。吾々も、吾等につづいて高杉晋作(しんさく)や久坂玄瑞(くさかげんずい)らのような志士が現れ出(い)ずることを、いや! 必ずや現れると信じて事に臨むのみです……『叩けよ、さらば開かれん』です」

と中村も、和洋折衷で三上に負けず意気込んだ。三上も、それに応えるように大きく頷いた。

「むん! ということで決まりだな……ところで、そうと決まれば、後学のために、あ、いや、参考までに一つ聞いておきたいんだが、相手は、仮にも日本政府の公式招待客だ。新聞記者や野次馬ばかりではなく、警護の私服警官の五人や六人、四六時中ピタリと張り付いていると思うが、どんな方法でやるつもりかな?」

古賀と中村も座り直して、田島に注目した。

「いや、まだそこまでは考えていないが、べつに彼に恨みがあるわけではないからな。できれば苦痛のないよう、一瞬にして天国へ逝かれるよう、『ハロー・ミスター・チャップリン』バーンと、まあそんなところかな」

と、田島はピストルに擬した右手の人差し指を、三上の眉間(みけん)に突きつけて苦笑した。

「むん。泣いて馬謖(ばしょく)を、ということだな」

「三上さん、それはちょっと違うんじゃないですか。それだと、斬りたくないけど斬るというふうに聞こえますが、チャップンは喜劇役者とはいえ敵国アメリカ人で、国家改造と軟弱外交を改めさせるためには、何が何でも斬らなきゃならない相手ですからね……冷酷非情なようですが、情けは無用だと思いますが」

と、また中村が横槍をいれた。

「分かってないな。敵に情をかけているわけじゃない。その言葉の真意はだな、大義を全うするには、私情を挟んではいけないという意味だ」

「はあ、そうですか……でも、それもまた三上さんの説じゃないんでしょうね?」

と、半信半疑のように中村は笑った。

「むん、信じてないな。じゃあついでに、その故事来歴も教えてやろう。

『亮(りょう)』、すなわち諸葛孔明だな。『亮政(まつりごと)を為すに私(わたくし)なし、敗軍に及びて、涕(なみだ)を流してこれを斬り、而してその後を卹(あわれ)む』と、ちょっとはしょったが、つまり、政(まつりごと)や軍律のために私情を捨てて、息子のように思っていた馬謖を斬った後、血へどを吐くほど泣いて悲しんだということだ。それに、田島くんだって、チャップリンを敵だなんて思ってないよ……な、そうだろう?」

と三上は、田島を見て笑った。田島も笑って応えた。

「ああ。チャップリンにかぎらす、アメリカ人を不倶戴天(ふぐたいてん)の敵とは思っていないが、『大義親(しん)を滅す』というからね」

「なるほど、そういうことですか」

「ああ、そういうことだ。それに、よしんば、チャップリンが敵であろうと、敵に情けをかけるというのは、それが『武士の情け』というものだ……いや、話がそれてしまったが、田島くんがそういうつもりなら、軍のバカでかいピストルでは不都合だろう。

時々、いや、雨でも降ったらすぐに臍(へそ)を曲げて不発になったり、下手すると暴発しかねない代物より、威力は多少劣るが、少々の事では臍を曲げない、しかも上衣のポケットにも忍ばせておけるような、これのほうが、山登りの際にも邪魔にならないと思うが、何か、そんなやつを用意できる当てはあるのかな? もしなければ、餞別(せんべつ)がわりに、このブローニングを進呈しよう」

と、三上は背広の内ポケットから取り出した 銃把に白い象牙細工を施した美術工芸品のような、いわゆる「ポケット拳銃」を座卓の中央に置いた。

威力が劣るのは、むしろ望むところだったが、そんなことは噯(おくび)にもださず、田島はそれを手にしていった。

「きみは、こんなものを何時も持ち歩いているのか。物騒な男だなあ」

「なに、きみらだって白昼堂々とサーベルや軍刀をガチャつかせているじゃないか。
それに、今や右傾の政治ゴロはいうにおよばず、共産党などの左傾の『主義者』や、そのシンパのインテリまでが、懐にピストルを忍ばせているというご時世だからな」

「そうですね。大川博士も、刻下の日本には、国のため一命を擲つ覚悟がある者は、我々青年将校と、主義者やそのシンパのみで、きみ等若い軍人がしっかりしないと、ロシアの共産主義革命の二の舞にもなりかねないと嘆かれていましたからね」

と中村が、真顔で相槌を打った、三上はそれに大きく頷いて、つづけた。

「その通りだ。まことに嘆かわしいかぎりだ。しかし、翻って思えば、その一事をもってしても今や革新の機は熟しており、一大衝撃をもって、平和ボケした全国民を覚醒奮起せしめ、挙世的国家改造を実現せしむる時であるといってもいいだろう。

まあ、それはさておき、どうだ、見た目はオモチャのようだが悪くないだろう……上海でドンパチやってきた記念に、大枚四十円をはたいて買ってきた掘り出し物だ」

「ああ、見かけはたしかに雛飾(ひなかざ)りのオモチャのようなピストルだが、バランスも悪くない。さすがにベルギー製だ……しかし、きみは困らないのか?」

※本記事は、2019年4月刊行の書籍『泣いてチャップリン』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。