翌朝、誰に聞いたのか隣の病室から六十歳代くらいの女の人が来て、にんにくを擦って飲ませると痰に効くと、父に身を乗り出すように手を動かしながら話していた。

わずかな時間で父はにんにくと擦り器を揃え、小さいスプーン一杯ほどの量のにんにく汁を仰向けに寝ている口の中に入れてくれた。

「ぐわ、ぐ、ぐ、げー」

驚きと苦しみでもがいた。

「大丈夫か、克彦、大丈夫か」

慌てた父はナースコールを押した。二人の看護師さんと先ほどのおばさんが来るや、

「あんた、この子を殺す気なの。擦ったのを一滴か二滴で十分なのに。駄目っしょ」

と言いながら呆れるような目で父を見ていた。このにんにく試しでも残念ながら痰は切れず、日中ぜいぜい喉の鳴る不安でいまいましい日が続いた。

しばらく部屋中に特有の匂いが充満していた。

数日後、白井と清美が来てくれた。顔を見るなり、

「イバ、大丈夫。凄く心配したよ。もっと早く来たかったんだけど」

と肩を押さえて清美は言った。

「私も昨日までどうしても用があって来られなかったの。ごめんね、イバ」

ベッドの反対側で白井が、幼な子に話すような口調で語りかけてくれた。

「少しでも長くいるからね。何でも言ってね」

二人とも小学校からの同級生で、大学に入ってからは自由が丘のアパートに暮らしていた。合宿所からは走って十二、三分ほどで、時々出かけては大学の話や田舎の話などとりとめのない会話で何時間も過ごした。

思ったより状態が悪いと感じたのか普段の笑い声や冗談は徐々に消え、その後二人とも無言でいることが多かった。白井たちが来て二日後、小野塚が入ってきた。吉越とともに最も親しい友の一人である。

小学校の教員になることが目標で新聞配達をしながら私大に通っている。高校の二年からクラスが一緒になった。頭も良く冷静な判断をすることから、クラス内では一目置かれていた。

家がそれほど裕福ではなかったので県内の国立大学を受験したが、残念ながら嫌われてしまった。朝三時頃から新聞の仕分け作業が始まり、ほぼ毎日大変な苦労をしていると仲間は言っていた。

ただ金回りは我々の中では一番で、入谷の赤提灯に連れて行ってもらう連中も多かった。もちろん彼の懐に頼るところが殆どで、彼もそれをよしとするような性格だった。

「大丈夫か。もっと早く来たかったんだけど……やっと仕事の目処がついたんだ」

いつもの眼差しがそこにあった。

「すまんなー、これほどの事故になるとは思わなかったよ」

息が苦しくて思うように喋れなかった。白井たちとは久しぶりで会ったようで、しばらく三人で近況などを話し合う声が聞こえた。

※本記事は、2020年10月刊行の書籍『季節の向こうに未知が見える』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。