東京地裁公判及び東京高裁公判においても同旨の供述をしていること、これに沿う証言があることなどから、D医師は、当時、右腕の異状に明確に気づいていなかったのではないかとの疑いが残るとし、同日午前十時四十四分頃の時点のみで、D医師がAの死体を検案して異状を認めたものと認定することはできないとした。その上で、東京高裁は、予備的に変更された訴因(控訴審で検察が検案日時を予備的に病理解剖時点とする旨、訴因変更している)が認定できるとした。

すなわち、平成十一年二月十一日午前十時四十四分頃Aの死体を検案し、次いで、予備的訴因で追加されたところの同月十二日午後一時頃、病理解剖に立ち会った際、Aの死体の外表を検査して検案を行い、Aの死体の右腕の静脈に沿って赤い色素沈着がある異状を認めたことが明らかであるとし、病理解剖時点が異状の認識時点であり、医師法第21条の届出義務の発生起点であると判示した。東京地裁も東京高裁も、「医師法第21条にいう死体の『検案』とは、医師が、死因を判定するためにその死体の外表を検査すること」という見解では同一と考えられるが、異状の認定時点が異なったということである。

東京高裁判決は、異状の認定は確実に認識されたものでなければならないことを明示したものである。同時に同判決は、「外表の異状」という客観的事実のみで判断すれば、死亡診断書該当例であるか死体検案書該当例であるかを迷う必要もなく、診療中の患者であるか否かを考える必要もないとの見解を示したものであろう。