「よくボール見てね。春田さん」

美人には名前付きでやっぱ優しい口調になるんやね、あんた、と少しムッとする。空振りした彼女は何もなかったように列の後ろに並び直す。

「よくボール見ろ、やって」

すれ違いざま何気に声をかけると、彼女は無言で顔を曇らせた。(いかん。僕みたいなんがいらんこと言われん)ちょっと調子に乗ってしまった自分を初っ端から反省した。

その後小一時間、テニスを体験した。一面のコートに二十人近くいるもんだから、それほどたくさん打てるわけではないが、初めてのテニスは楽しかった。帰りにコートの入り口で入部届を書いた。名前を書き入れる決心を固めた理由の半分になった人も、隣で同じ用紙に書き入れていた。

『春田恵美』の四文字とその横顔を気づかれないようにインプットする。(とりあえずウェアとラケットか)そんなことを思いながら、ニヤニヤとコートを後にした。