「つかれたでしょう。部屋にさがって、やすみなさい。夕食ができたら、呼びますから、それまでね」

「あ、ありがとうございます。お心づかい、感謝申し上げます」

呼びます、というのは、私が、夕食の給仕をするという意味である。お客様気分で食事にありつける、というわけでは、もちろんない。私は、荷物を背負い、楊金英(ヤンジンイン)のうしろについて、歩いた。

中庭を横切るあいだ、彼女は無言のままであったが、廂房に入るや、ぱっとうしろをふりかえった。

「ふーん、ここで、仕えることになったんだ」

「ああ……こんなことになるとは、夢にも思わなかった」

「こないだ、乾清宮の駄熊太(ドゥオシュンタイ)師父とふたりで、やんわり、たしなめられてたわね」「なんで、知ってるんだ」楊金英が、吹き出した。「だって、あたし、あのとき一緒にいたから」

「そういえば……」

曹端嬪のうしろに、宮女がふたり、つき従っていた。そうか、あのときの一人が、楊金英だったのか。

「ふふふ。見ていておもしろかったわ。あれが曹端嬪ではなくて、張太后(チャン-たいこう)さまだったら、ただじゃすまなかったわよ」

「そうであろうな」

「あたしも曹端嬪が輿入れされてから、この翊よく坤宮(こんきゅう)にうつって来たの。それまでは、太后さまのところにいたのよ」

「それはまた、たいへんなところに」

「ほんと、大変だったのよ。宦官や女官のしつけもきびしくて。ちょっとでも反抗的な態度を示そうものなら、すぐに指三本(三十発)よ」