長年の夢が叶い、宮廷に召しかかえられることとなった王暢(ワンチャン)。心残りは、漁門に残される石媽(シーマー)の行く末だった…。

(3)

張(チャン)太后の謹厳さは、内外に有名であった。

その夫君は、二代まえの皇帝、弘治帝(こうじてい)である。弘治帝は、在世中、張太后にきびしく手綱を制せられて、ひとりの側室をも、もうけられなかったという。大明帝国の皇帝ともあろうお方が、生涯に同衾なさったのが、皇后ただお一人だったのである。

世事にうとい私のような者が知っているくらいだから、内外で知らない者はなかったであろう。

楊金英(ヤンジンイン)のように奔放な女は、張太后と、そりが合わなかったにちがいない。

「でも、こっちに来たら、主子(チュツ)様も、まだ宮廷入りして日があさいもんだから、少しくらい作法をはぶいても、おとがめなしよ。気が楽でいいわ。あ、ほら、ここよ、ここがあなたの部屋」

中を見ると、牀几(ベッド)、椅子などの家具が、二組ずつそろっている。

「前からここに住んでる宦官がいるの。さっき、曹端(ツァオ)妃が呼んでたでしょ、牛順廉(ニウシュンリエン)って。その人と相部屋よ」

「その人は、いま、どこにいるんだ?」