長年の夢が叶い、宮廷に召しかかえられることとなった王暢(ワンチャン)。心残りは、漁門に残される石媽(シーマー)の行く末だった…。

ここで目立たないように生きていれば、また必ず…。

「じゃあ、あたしがここをやめて出て行こうとしたら、殺されるってわけ?」
「わからない。が、その可能性は高い」
「あんたは、どうなの」

「わしだって、紫禁城からお呼びがかからなければ、殺されていただろうな。忠誠を誓うならともかく、反感をもっている従業員を、漁門はけっして、ゆるさない。反感をもっているということは、一歩外に出たら、漁門に不利な噂を流すかもしれんだろう?」

「あたし、そんなことしないよ」

「そうだろう。だが、上がどう考えるかは、わしらの知ったことではない。内部事情をバラしてやろうとか、評判をおとしめようとか、そんなことする気はさらさらなくとも、危険人物だと思われたら、粛清される」

「おそろしい……」
「なんとか、あんたをここから抜けさせる方法はないかと、考えていたんだが……」
「じゃあさ、あんたが宮廷で出世して、えらくなったら、あたしをやとってよ」
「え」

「あたし、待ってるからね。四川(スーチュアン)に、お腹をすかせた子供たちが待ってるんだ。ここで仕事をみつけて、なんとか暮らせるようになったら呼びよせようと思って、出て来たもんだから、こんなところで死ぬわけにはいかない。死んでたまるもんですか」

石媽(シーマー)は、とつぜん、肩をふるわせ、ぽろぽろと泪をこぼした。
「ごめん、ごめんね。子供たちのことを思うと、怺こらえきれなくなっちゃった」

この女(ひと)にも、人生はあるのだ――子供を生んだことのある女なら、その子のことを思いださない日など、一日もなかろう。

「子供って、何人いるんだい」
「三人。上から男、女、女、末の娘は、まだ三歳なんだよ。なにもわからないのに、置いてきちゃった。今ごろ、あたしを恋しがって泣いてるかもしれない。だからお願いね。あんたが宮中で出世して、大きな邸宅を構えられるようになったら」

「あ、ああ」
「きっとだよ、忘れないでね、叙達(シュター)。その日を、たのしみにしてるからね」
石媽(シーマー)が、泪をぬぐった。

「もう行って。そろそろ、管姨(クァンイー)がかぎつけて来るころだから」
「達者でな、石媽(シーマー)。目立たないようにたんたんとやっていれば、ここでも生きてゆけるはずだ。いつか、きっと……」